その後、しばらく休んで、結婚式に出かけることになる。

 

パキスタン人は娯楽も少ないし、結婚式に人生をかけているので、3日にかけて壮大な結婚式をやると聞いていたが、今回のハムナは性格的に派手なことが好きではないらしく、2日間で比較的抑えて結婚式をするとのこと。

 

開始は夕方になると聞いていたが、出発したのはなんと19時である。

 

日本では夜の結婚式というのはあまり聞いたことがない。妻からはパキスタンの結婚式は夜遅くまでどんちゃんやると聞いた。

会場はラホール空港に近いところで、写真のようなアラビア調の建物が、10個近く並んでいるストリートの一角である。写真は残念ながら帰りに撮ったものなので、消灯後であるが、行きに入る時には煌びやかに全ての建物が光り輝いており、まさに華美!アラビアンナイト!な雰囲気に圧倒された。私はヨーロッパなどを結構みて回ったつもりでいたが、ここまで華美!と言えるのはあまり見たことがなく、正直圧倒される(近いといえばマカオが似たような雰囲気を感じるが、マカオのように歓楽という感じではなくどちらかというと厳か)。

 

 

 

(写真は残念ながら式が終わった後で、建物も既に消灯していた)

 

 

 

 

 

 

会場内も、まさに華美。結婚式に命をかけている雰囲気が伝わってくる。

 

ちなみに、着席と同時に眠っていた娘がゲロを吐いた。折角のアラビア調の可愛い格好なのに台無しである。さらに、先日モールなどでナディアに買ってもらった私の服(左の白服。パキスタンの正装を初めて来て少し興奮していたが)もゲロで台無しである。水で拭いたため色はなんとか取れたが、匂いは残ってしまった。確かに出発前に娘は「つかれた。お腹痛い」言ってはいたが…熱もあり、おそらく胃腸炎。。

 

 

 

 

 

パキスタンに来てから一生懸命生やしているが、結局私は残念な雑魚ヒゲである。日本ではひげはあまり伸ばさないので気付かなかったが、白髪が多く混じっていることに気付き気分は萎えた。

右手の妻と新婦(ハムナ)が二人で持っているのが、我々からのご祝儀。パキスタンでは、新郎新婦と写真を撮る時に渡すのが一般的らしい。日本で買った祝儀袋に日本円で(両替に行けてないので)3万円を包んでおいた。前述の通り、こちらでお金は使っていないため、こちらの物価がよくわからず(ちなみにモールで買った(買ってもらった)写真の私の白い正装は上下で5000円程度)、これで十分だったのかは一抹の不安がある。

 

 

 

 

 

提供された食事も、やはりカレー、ビリヤニ、シシカバブなどであるが、とても美味しかった。

あと、ウェルカムドリンクのような形で緑と白のスムージーを配っていた。緑はよくわからないが、ミント味の苦めのもので、白は甘いものでココナッツか何かと思ったが、パイナップル味らしい。とても美味しいので白のスムージーは3杯も飲んでしまった。

 

 

結婚式は、新郎新婦入場、新郎新婦との写真撮影とそれに並行した食事タイムの流れで大体2時間だった。始まりは音楽もかかって、テンションが上がる感じだったが、終わりは閉店時間が過ぎたからか半分電気が消え、片付けの音が混じる中である程度慌しい形での新郎新婦退場。最初はこの結婚式は一体いくらお金がかかっているのだろうという圧倒された気分があったが、後半は少しパキスタンクオリティを感じた。

 

 

全体的な構成は日本の結婚式とは大きく変わらないなぁという印象。ショッピングモールが全世界均一化されてきているのと同様。結婚式も同様なのだろうか。妻が20年前にパキスタンに来た時に参加した結婚式はもっとエキゾチックだったらしいが、時代とともに変わっていっているのだろう。日本も20,30年前からは結婚式の形もどんどん変わって行っているだろうから。

細かいところの違いで特に感じた点としては、新郎新婦や親戚のスピーチが全くなかった点。出し物もなかった点か。いまいち盛り上がりに欠けたのはこういうポイントは大きいと思う。

ハムナが派手なのは嫌いということなので、予定していた音楽の演奏は無くしたとは耳には挟んでいたが。

結婚式2日目がどういう風になるのかは気になる。

 

 

帰りの車の中で、日本語を話せる親戚からパキスタンとインドが完全停戦で合意したというニュースを聞く。「だから言ったでしょう?道の様子とかいつもと違わず皆いつも通り生活してますよ。パキスタン人は誰も気にしてなかったですよ。もう気にしないで楽しんでください」と言っていた。その後、彼は自身の奥さんにその内容をウルドゥー語に通訳して説明したようだが、奥さんはそれを聞いて軽く失笑していた。確かに現地の人はあまり気にしてないのかもしれない。

日が変わる前には帰宅。