4日目は親戚付き合いで敷地からほぼ出ず。

朝は雨。降水量が少ないと聞いてるけど、一昨日も降ったし、まぁまぁ降りますね。まぁ時間は短いけど。そして、停電。一瞬、テロかと思ったけど、雨が降り出してのタイミングであったし違うか。よくあることらしいし。復旧には数時間かかった。

 

朝ごはんは昨日と同様のメニュー。本当にこちらの人はカレーが好きだなぁと。

チャイを出してくれるが、「strong?」と聞かれる。チャイにstrongの概念があるのを知らなかった。妻も初めて知ったと。まぁコーヒーに濃い、薄いがあるようにチャイにも同様の考えもあっても良いのか。

 

午前はいつもと同様、ナディア(妻のお父さんの一つ下の妹)一家と話をして過ごす。

 

午後は少し休んで、夕方に明日の結婚式に向けて親戚が続々と集合する。私の妻のお父さんの兄弟、姉妹家族(妻の叔父、叔母とイトコたち)、そして妻の祖母だ。妻と祖母は20年ぶりの再開である。もう死ぬ前に会うことはないんじゃないかとも思っていたから、妻も泣いて喜んでいた。

やはり、国が離れてもおばぁちゃんはおばぁちゃんだなと。祖母の側も妻のお父さんから送られた写真をいくつか持っていて妻を気にかけてたらしい。中には、今回のために妻の写真をスマホの待ち受けにしてきていた叔母さんもいた。

 

 

 

パキスタン来訪の前に、妻の弟くんは「パキスタン行く(お金と時間がある)ぐらいだったら、もっとヨーロッパとか良い行楽地に行きたい」と言っていたが、こちら側の思い以上にパキスタンの親戚側の方が気にかけてくれていたように感じ少し複雑な気分になる。滞在中に弟くんたち(2人いる)がこちらの親戚と直接話す機会があれば、少し心境は変わるのかもしれないが、まぁパキスタンに来ることは多分ないだろうなとは感じてしまうのは残念。

親戚の中には、流暢な日本語をしゃべる人がいた。妻の叔母の1人の旦那さんで、日本語学校の経営をしているらしく、今まで多くのパキスタン人を日本に送り込んだらしい。Eくん(妻の従兄弟)は彼の元で日本語は勉強していないらしいが、ビザ取得の手伝いをしているらしい。

日本語が流暢に話せるので、今まで聞けなかったことを改めて聞いてみた。

 

最近、円安が進み、外国人にとっての金儲けの場としての日本の価値は下がっているのか。▶️現時点では特に下がっておらず人気だ。パキスタンには、日本車が沢山あるので、自動車関連が人気。日本で働いて技術を身につけ、帰国後に生かす人も多い。

 

現在のカシミール地方から始まったパキスタンとインドの攻防はどうなのか?ラホール近郊が攻撃を受けたとのニュースもみて、心配している

▶️ほとんどのパキスタン人は全然心配していない。政府が勝手にやっているだけという風に考えている。何かあっても我々がいますし、全く気にしなくて大丈夫です。フンザの旅行も治安としては問題なく行けますよ。折角来たんだし楽しむことだけを考えてください。

(※5/10夜に完全停戦で合意がなされた。親戚は皆ほとんど関心を払っていなかったが、その通りになりやはり現地人の感覚が一番正しいのだなと思った)

 

この家には蚊が多く、沢山さされてしまっているが、デング熱やマラリアは流行ってないのか?

▶️10年くらい前はラホール含めパキスタン全土に流行ったことがあったけど、最近は聞かない。このあたりの蚊はデング熱を持ってません。大丈夫ですよ。マラリアは聞かない。

 

夜ご飯は、新しい親戚も加えて。

手前は取り寄せた皿ですが、左奥がチキンビリヤニ(チキンプラオ?ビリヤニとプラオの違いがよくわかりません)、右奥がサトウキビで煮込んだご飯(名前忘れた)。手前の皿の丸いのがチキンミートボール(名前忘れた)。

 

 

 

 

下の写真がザルダという甘いライス。

お祝いの時に食べるらしい。日本でいう赤飯みたいなものか。見た目チャーハンだが味が甘いのが面白い。日本でライスが甘いのはないなぁって思ったが、日本の米は餅っぽいと言われふと考えれば、餅は甘いものを包んで食べたりそもそも甘いものもあるから甘いライスといえば餅はそうかと思った。

にしても、南国は甘いものが多いなぁと感じる。チャイにも砂糖を結構入れてる。そのせいで糖尿病は多いらしい。妻の祖母も糖尿病のせいで目があまり見えないようだ。

 

 

 

夜は親戚同士の会話が遅くまで盛り上がっていた。

 

やはり男女は別れて。

自分は早々に退散したが、妻は親戚との思い出話や女子トークで盛り上がったらしい。