お台場の史跡に行ってきたのでまとめます。
そもそもお台場に行ったのは「うんこミュージアム」に行くためでした。
(うんこミュージアム)
ゲーム機とかもあって結構大人も楽しめました。
前職場の同僚の方が良いと言ってましたが、確かに良かったです。
娘も楽しんでて良かったですが、今後本物のうんちで遊びださないかだけは少し心配です。
本題のお台場の歴史について
ペリー来航に伴い、外国の脅威に対抗するために東京湾に砲台のための台場をつくったのが始まり。
全部で11個の台場をつくる予定が結局完成したのは6個。
緑の所は戦後に埋め立てられたところ。
https://www.tptc.co.jp/park/01_01/history
東京都港湾局のサイト
https://www.kouwan.metro.tokyo.lg.jp/rinkai/rinkai_box/odaiba
つくられた時の様子
https://www.umeshunkyo.or.jp/heritage-backnumber/04sinagawa/page.html
現在の台場は第3台場と第6台場だけが残る。
他は航路などの問題で撤去された模様。
https://www.tptc.co.jp/park/01_01/history
早速凸
お台場海浜公園から臨む
右の島が第3台場、左の島が第6台場、奥がレインボーブリッジ
第6は立ち入り禁止。
上陸できるのは第3のみ。第3は「台場公園」となっている。
砂浜沿いにぐるーっとまわって台場公園へ。
砂浜。
人工。
砂は神津島から持ってきたらしい。
神津島は妹の旦那が転勤で数年位住んでいたけど。
あまり神津島については多くは語らず。都会育ちなのであまり合わなかったのかも…
(神津島 歴史)
江戸時代は流刑地。
(神津島 見どころ)
自然が良いらしい。
綺麗な海と満天の星空。
大きさは東京都新宿区と同等(18.6km2)
ひょうたん型と。
私は今後行く機会はあるかどうか…小笠原諸島は目をつけてはいるので、行く可能性があるならそのついでぐらいか…
娘が砂浜を裸足で歩きたがる。時間をかけてとろとろと。
砂が楽しいらしい。
海を眺めたり。
奥にフジテレビ。
ものの5分程度で行ける距離を30分以上かかった。
まぁ娘にとったら良い思い出。
「パパ」って走って追っかけてきて可愛かった。
この場所、今はこんな感じだけど。
江戸時代は完全に海中。
台場公園につながる橋。
入り口にパンフレットが置いてあって。
今昔比較はこんな感じ。
案内板。
台場の設計者は伊豆韮山の代官、江川太郎左衛門。
韮山といえば、私の叔父の高校があった所。
源頼朝の流刑地(ここでのちに妻となる北条政子と出会い、壇ノ浦へとつながる源平合戦の始まりの地)もあるエリアで、私は過去に周辺の史跡を見るために行ったことがある。
韮山には他に北条早雲がつくった韮山城があるが、その他で特に有名なのが世界遺産の「韮山反射炉」。
大砲を鋳造するために作られた金属溶解炉の遺構で、2015年に「明治日本の産業革命遺産」(他に「軍艦島」や「官営八幡製鉄所」などを含む)に登録されている。
江川太郎左衛門はこの「韮山反射炉」をつくった人物。
御台場までつくっていたとは。昔見てきたところが繋がってうれしい。
台場公園の地図。
真ん中の窪地に「陣屋跡」
陣屋とは兵士の管理、弾薬・食料の貯蔵、司令部機能を持つ施設。
下に降りずに周囲をぐるっと行くと砲台跡。
背後にレインボーブリッジ。
ちなみにこれは江戸時代につくったものでなく、1933年(昭和8年)につくられたレプリカ。
まぁ戦前ってだけで歴史を感じるが…
娘は「でんしゃ、がたんととん…」といって通り過ぎていく。
いや、ちが…
さらに外周に沿って行くと左に第6台場、右にレインボーブリッジが見える。
第6台場をよく見ると…
黒い点々…これは全てカラス?
こんな大群みたことない。
軽く恐怖を覚えた。
第6台場…
閉鎖されているのはコサギなど野鳥保護のため?
カラスの楽園ではある。
レインボーブリッジを挟んで東京タワーが🗼
そして中心の窪地に降り立つ。
近くから陣屋跡。
窪地の周りに弾薬庫跡。
かまど場跡。
大体みるところはこんな感じ。
満足して公園を出て、来るとき渡った橋を戻ると…
こんなモニュメントが…
関東大震災、第二次世界大戦時に、隅田川を下って多くの遺体がこの台場に流れついたらしく、その慰霊碑。
1945年3月の東京大空襲時の隅田川の被害は耳にはしていたけど…
まさに阿鼻叫喚の地獄。
ちなみに渋谷区の私の実家の地面には瓦の破片のようやなものが埋まってるので、昔祖父にこれは何かと尋ねたことがあるが、「東京大空襲の残骸」という答えが帰ってきた。
祖父は東京大空襲の際は軍人として相模原の基地にいたらしいが、「東京の方の空が真っ赤になっていた」と昔語っていたのが印象的。
全く他人事じゃあないですね。
先人の苦労に感謝しつつも、戦争反対。
娘は帰りは行きと違って砂浜をダッシュ。
そして電車に乗って帰路。
今回は以上です。















































