信仰は、人を自由にするはずでした。

かつて剣を持たず、愛と良心によって内側から突き動かされていた人々の集まりが、

なぜいつの間にか「管理する側」へと姿を変えてしまったのでしょうか。

 

制度が整い、大聖堂が美しく磨かれるほど、

皮肉にも内側の問いは、外から与えられる「答え」にすり替わっていきます。

自分を正義だと確信した瞬間、人は相手を理解する必要をなくし、

かつて迫害されていた側が、秩序の名のもとに誰かを排除し始める。

 

この構造的な矛盾は、遠い歴史の話ではありません。

 

「少しずつ」原則が薄まり、本質が逆転していく「パン種」の作用は、

現代を生きる私たちの組織や心の中にも、静かに、しかし確実に潜んでいます。

提示された安心に身を委ねるのか、それとも自分自身の心に問い続けるのか。

 

からしの木とパン種の物語は、今も私たちの内側で、静かな選択を迫っています。

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