キリスト教の大きな誤解は、
「罪」と「救い」を特権化してしまうことです。
本来、罪とは“悪い行い”ではなく、
誰もが抱える不完全さや、神の愛から離れた状態を指します。
ところが「自分は赦された」「自分は選ばれた」と考えると、
他者との分断が生まれ、信仰は利己主義へと変質します。
また、宗教団体が「ここにいれば救われる」と言い始めると、
神と人の間に中間業者が立ち、救いが“商品”になる危険があります。
聖書は、誰も完全ではなく、誰も他者を裁く資格はないと語ります。
だからこそ、信仰の核心は、人を裁くことではなく、
互いに赦し、支え合う姿勢にこそあるのです。
---
【誰がこの世を裁けるか】#2 罪と救いを誤解した信仰の悲劇
キリスト教 カトリック プロテスタント 東方正教会 エホバの証人 モルモン教 統一教会 セブンスデー・アドベンチスト教