カール・ラガーフェルドの訃報から、エジプトへ | エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベル

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シャネルのデザイナーのカール・ラガーフェルドがなくなり、

彼にまつわるニュースを興味深く見ていたら、

エジプトが出てきました!

 

それは、去年の12月に行われたショーのこと。

カール・ラガーフェルドが最後に顔を見せたオートクチュールのショーとも言えます。

会場は、NY メトロポリタンミュージアム内のデンドゥール神殿 

ここへ行ったことがないため、上の写真と神殿名で、エジプトぽいけど、イランあたりの遺跡なのかな!?

と思ったら・・・真顔

 

この神殿は、もともとナイル川のほとりに建っていたもので、
1960年のエジプト政府によるアスワン・ハイ・ダムの建設により、水没の危機にさらされることになり、
アメリカが遺跡を救うために1200万ドルの資金を援助して、
そのお礼にエジプト政府はデンドゥール神殿をアメリカに送ったといいます。

 

ポーンポーンポーン

 

お礼に神殿まるごと送るって発想に驚きです。

エジプトの大事な宝を!?キョロキョロ

アメリカ側はそうとう驚いたんじゃないでしょうか真顔

ムハンマド・アリーの時代、フランスから贈られた時計台のお礼にオベリスクを

プレゼントしたムハンマド・アリーより規模が大き過ぎる滝汗滝汗滝汗

その後も子孫たちによって、オベリスクが海外に贈られましたが、オベリスクで済んでよかったね!

と思ってしまいますグラサン

ムハンマド・アリーは、エジプト人ではなかったため、古代エジプトの遺跡にリスペクトがなかったという話を聞いたことがありますが滝汗

現代に、遺跡をまるごと送られるって、エジプトの感謝の気持ちなんでしょうけど、それでもやっぱり、疑問がぐるぐるします。

別の記事には

『デンドゥール神殿は、1960年にエジプト政府がアスワン・ハイ・ダムを建設したことで水没の危機に瀕し、アメリカに移設・復元された。』

お礼と移設・復元では、まったく意味合いが変わってきますが、

なぜ、神殿まるごと!?ポーン

移す場所がなかったのか!?ポーン

ガマル・アブデル・ナーセルの時代、どういったいきさつだったのでしょうか。

 

 

会場をミュージアム内のエジプトの神殿を前にしたコレクションは、

ファラオを彷彿とさせるルックのファレル・ウィリアムス(左)からはじまり、

ゴールドをテーマカラーに、胸飾り、腰巻、ジュエリーは中王国時代をモチーフにしたそうです。

 

 

『あまり知られていないが、ニューヨークの芸術や建築にはエジプトの影響が多く見て取れる。

古代エジプトの文化がどれだけパワフルなものかわかるだろう』カール・ラガーフェルド

 

 

カール・ラガーフェルドのおかげで、デンドゥール神殿を知ることができました。