美しいアスマハンと関係があったらしい
その人物とは!
ファルークの家庭教師も務めたアハマド・ハサネィーンでした。

びっくり仰天( ̄□ ̄;)
おっさん、なにやっとんね~ん!!ヾ(▼ヘ▼;)
このひとは、ファルークの母、ナズリと秘密結婚した相手デハ?( ゜∋゜)
アスマハンとクィーンであったナズリを二股?( °д°)

アハマド・ハサネィーンという人物。

多才な人だったようで、フェンシングでオリンピック大会に2度出場。
リビア砂漠の研究と探査から詳細な地図を作成、
サハラ砂漠を経由する貿易ルートの開拓を通し、新たなオアシスを発見、

その記録はナショナルジオグラフィックでも取り上げられました。
『失われたオアシス』という著書も出しています。
オックスフォード卒業後、フアード王に見込まれ、息子ファルークの家庭教師になりました。
未来の王、ファルークにアラビア語を教えたのは彼です。
その後、王室の相談係となっています。
こちらはファルークの妹、ファウジィーヤの最初の結婚の際の写真です。
アブディーン宮殿の階段前、ここにもアハマドがうつっています


王室内で高いポジションに位置していたのがこの写真からでもうかがえます。
ウィキペディアでアハマド・ハサネィーンのページを開くと、
結婚に関しての記載は一切ありません。
調べてみるとファルークの父、国王フアードの前妻プリンセス・シィウカールの
娘ファトヒーヤと結婚していました。

子供を設け、幸せそうです。(お写真お借りしています。)
プリンセス・シィウカール

ファトヒーヤはシィウカールが、国王フアードと離婚後、
その後の結婚で生まれた娘になります。
娘の結婚後、シィウカールが、アハマド・ハサネィーンと
クィーン・ナズリ(シィウカールの前夫、フアード王の未亡人)との関係に気づき、
娘の離婚を切り出したそうです。
それにしてもシィウカールはナズリのことをあきれたことでしょう。。。
自分の娘婿が、前夫の未亡人と関係を持っていることを。
クィーン・ナズリ

ナズリがアハマド・ハサネィーンと関係があったときには
国王だったフアードはさすがに亡くなっていたんでしょうね。
ナズリは生前フアードから自室監禁にされたり、平手打ちが飛んだりと、
自殺未遂もしているそうなので、アハマドに相談しているうちにそんなことになったのかもしれません。
ナズリとアハマド・ハサネィーンは1942年に秘密結婚をしています。
フアードは1936年に亡くなっていますが、えげつないΣ(~∀~||;)
プリンセス・シィウカールもそもそもムハンマド・アリー朝の血を引くロイヤルファミリー。
そのプリンセスの娘と結婚、アハマドにとってもステップアップとなった結婚だったはず。
プリンセスの娘より、当然、王母であるナズリのほうが権力があり、
一緒にいるメリットがあったのでしょうか。
アハマド・ハサネィーン、恐れ多いことしていますε=(。・д・。)
アハマドのウィキペディアには、ナズリのことも書かれておらず。。。
その後、アハマドとナズリのふたりはどうなったのでしょうか。
幼い頃から知っているファルークが王になった元で、
宮殿内の劇場でアスマハンが歌う姿をロイヤルファミリーとともに観劇したり、
つつがない日々を送ったのでしょうか。

秘密結婚をして、4年後、アハマドは突然、最期を迎えます。
謎の事故死をし、その年にナズリはアメリカへ。
ナズリはその後、エジプトの地を二度と踏めなくなります。
サラッサーレム通りにあるアハマド・ハサネィーンの立派なお墓

アハマド・ハサネィーン、享年57歳。
ただのプレイボーイだったとは思えない、王室の中でのぼりつめようとしていたのでしょうか。
その人生は幸せだったのでしょうか。