ど、どうしよう、フランス語だったら(;´▽`A``

ドキドキしながら押したインターホン。
なにも話すことなく、ドアが開きました(ノ´▽`)ノ
セキュリティーにいたのは優しそうなエジプト人のおっちゃん。
ほっ(*゚ー゚*)
今日は休みとかで、明日来なさいといわれたものの、
撮影の許可をもらって外観撮影。

ここはムニーラという地区、
サード・ザグルール駅のそばです。
19世紀に出来た宮殿。
一歩中へ入ると、外のにぎやかさがうそみたいに感じられます。

鳥のさえずりが聞こえて、カイロのダウンタウンじゃないみたい。

今朝9時に着いて、
門番のひとが昨日とは違い、中を見たいと責任者に確認をとってもらったら、
ダメだ!って(´_`。)
ケチ~o(;△;)o、
教育省(元宮殿)が入れてくれるのに、なんで、
考古学研究所がダメなんだ~!!
なんちゃって

いま住んでいる地区名がついた宮殿。
特に調べもせず、近所だったから来てみただけなのでした


でも、やっぱり!?ムハンマド・アリー朝の宮殿でした!


タウフィーク・パシャの未亡人、エミーナ・ハーネムは、
1896年11月に娘、ニメタッラーにこの宮殿を与えました。
その2年後、ニメタッラーはイブラーヒム・ヒルミー・パシャに販売しています。
プリンセス・ニメタッラーは売った後、どこへ住んだのでしょうか。
イブラヒーム・ヒルミー・パシャは宮殿に1903年と1905年に2つのウィングを加えます。
1906年にはまた別の人に販売しています。
宮殿転売!?

寄木細工の床、ファサードの装飾はアールヌーボーからネオクラシカルへ・・・。
やっぱり、興味あります。
内部見学させてください(・∀・)