日本語ガイドをご案内!! カイロにある2つの宮殿へ | エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベル

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古代遺跡あふれるエジプトにいるのに、
そっちより、近代の宮殿、それらをつくったひとたちにはまりこんでいます得意げ

うちの日本語ガイドで唯一、その話ができる(ムハンマド・アリー朝に興味がある)ラマダンくんが
ザファラーン宮殿を見たいというので、案内してきました。
その点に関してはわたしのほうがくわしいにひひ

ムハンマド・アリー朝の建物はガイドの仕事で案内する場所ではないためか、
日本語ガイドで、近代の歴史、建物に興味のあるひとってなかなかいません。
当然と言えば当然。

わたしは宮殿前のお庭の写真が撮りたかったので、即オッケー!!

残念ながら、宮殿は閉まっていました(TωT)
宮殿のまわりをぐるっとまわり、次の目的地へ!!

親戚のおじさんちに行く感覚でアブディーン宮殿ミュージアムへ。

右端が親戚のおじさんならぬ、アブディーンミュージアムの責任者、マーギッドさん。
さすがにムハンマド・アリー朝のロイヤルファミリーに詳しく、何を質問しても答えてくれます。

宮殿に入れるわけではありませんが、お庭がきれいなので、何度でも訪れたい場所です目

今回初めて知ったことがありました。
ミュージアムへ通じる通路?必ず通る場所にお墓がありました。
この奥にお墓があるのです目

なんでも、宮殿になる前の土地の北側は墓地だったそうで、いくつか残されているうちのひとつ。
このお墓を取り除くと悪いことが起こると言われているそうです。
どこでも言われることなのですね。

ムハンマド・アリー朝最後の王、ファルークのお部屋にあたる場所目
中は5つの部屋が連なっているそうです。

今回はミュージアムへも足を運びました。
彼らが所有していた銀器のコレクション

エミール・ガレのガラス工芸のコレクションも見られます目

そして、アーカイブ

リファーイーモスクに眠っているイラン最後の王、
ムハンマド・レザー・パフラビィーとファルーク王の妹、ファウジィーヤの結婚式の写真。

ファルーク王と最初の妻、ファリダ、ファルークの右隣はその母、ナズリ。

そのあとは、過去の大統領に送られた宝物間のような場所があり、そこを抜けると

ナズリの部屋のバルコニーが見られます目

ファウジィーヤが生まれた年に建てられたティーコーナー

カイロの景色とは思えないラブラブ!




敷地内には常時、兵隊が立っています目

その兵隊、日本語ガイドのラマダンくんと話し出したら止まらないっ!!にひひ
お互いの住んでいる場所を話し始め、
いま知り合ったばかりなのに旧知の仲のようにおしゃべりが始まるのがエジプトらしい(*^o^*)

『朝からずっとひとりで立っている(話さない)から、死にそう。』 だって(´∀`)

おしゃべりが大好きなエジプト人がしゃべれない!!って拷問に近いのかもしれませんにひひ

移動のバスの中では、本から仕入れたばかりのロイヤルファミリー情報を提供してくれたラマダンくん。
例えば、タハリール広場は昔アブディーン宮殿をつくらせたイスマイールの名前がついていたとか、

老朽化している、でもその当時の美しい建物が見られるアッバセイヤの街並み。
アッバセイヤの名前の由来は、こちらもムハンマド・アリー朝アッバース・ヒルミー2世にちなんでいるとか。

アッバース・ヒルミー2世(左)のその父タウフィーク(右)はイスラム教徒でありながら、1人の奥さんだけを愛し、一夫一妻制を押したひとなのですが、
息子はというと・・・ウキぺディアを見ると少なくとも5人以上、正式な結婚をしていない女性がいます。
多くの女性関係があったようです。
父に対する反発があったのでしょうか・・・。
そんなことを想像するのも楽しいロイヤルファミリー(≧▽≦)

もちろん、アッバース・ヒルミー2世、タウフィーク、彼らもこのアブディーン宮殿に住んでいました。

日本語ガイド、ラマダンくんは宮殿めぐりに満足してくれました!

こんどは日本語ガイドの恩返し!? 
彼の田舎を案内してくれることになりました!!
その模様はまたブログでお伝えしたいと思いますv(^-^)v

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