
ロクニー・ファルーク
ヘルワンというカイロの中心地から 南東側にあり、ナイル沿いにあると聞いていた
豪遊の限りを尽くしたらしい ~エジプト最後の王~ ファルークの別荘へ行ってきました

閉まっているとは思っていたけど、外観だけでも見たくって


ムハンマド・アリーの子孫たちに興味があるのです

思っていた以上に地味で小さな造りにびっくり


そうそう、この紋章

外でだべっていたおじさんたちに確認すると、予想通り、閉まっていました

不便な場所にあるロクニー・ファルークにやってきた日本人が珍しかったのか、
建物内を見せてくれることになりました

ほかの宮殿などの場所ではこうはいきません

ショブラというところにあるムハンマド・アリーの宮殿は外からの写真すら拒まれました

ひまだからか、2人も3人もついて、建物内を案内してくれます

なんなら、館内もあけてもらえませんか


現在、閉まっていますが、屋敷は博物館になっています

内部の家具はファラオニックなつくりになっているそうです。
ツタンカーメン王墓で見つかった家具のレプリカもあるそうです。
3つのレプリカのミイラベッドって・・・

客室用に

ファルークは以前のブログ
『~宮殿だったホテル~ カイロマリオットホテル & オマル・ハイヤーム カジノ』
http://ameblo.jp/triways-3/entry-11535006668.html
で紹介したイスマイールの孫に当たります。
じいちゃん譲りで
贅沢好きだったようです

この建物は1942年につくられ、2人目の奥さん、ナリマンと過ごした場所だそうです。


ナイル沿いに彼のヨットのための船着場がありました。



日本庭園を含む・・・

どこのことだろう

まさか敷地内に入れると思っていなかったので、それだけでも収穫だったのですが、
こうしてブログに書くにあたり、調べていると・・・定かではありませんが、ファルークさん、恐れ多いことしてますね


ピラミッドの基部、底辺部分の石をベースにこの別荘を建てたそうです

ほんとに~

うむ、む、む、む

最後の王だとて、そんなことがまかりとおっちゃうのかと府に落ちないものがあります

彼のひいひいじいちゃんに当たるムハンマド・アリーは

ムハンマド・アリーモスクに送られた時計の御礼としてオベリスクをフランスにプレゼントしたりしているので、
古代遺跡に敬意は一切払われていない

もちろん、その価値は十分に知っているけれど、彼らはマケドニアとかアルバニアの出身で、
古代エジプトに興味はなかったのかもしれません


ファルークの場合は、ちょっと違っていて、古代エジプトに偏執していたようです

この屋敷のバルコニーにはカルナック神殿が再現され、
部屋のじゅうたんも壁画のようなデザイン、時計から文鎮までファラオニックだそう。
辺鄙な場所にあるここロクニーファルークが開くのはいつになるのでしょうか。
実際にこの目で中を見られるのが、楽しみです
