僕は、バイクに乗る。





母は、昔から言った。


『バイクに乗ると必ず死ぬから、バイクだけは私が許さない』


テレビドラマでバイクに乗った若者が亡くなるシーンを見ると、ニヤッと僕の方を見て、”ほらね”と言う。


ただ、僕の血の半分は、マサトから来たもの。父は、30年以上バイクに乗っていて、クラシックカーも好きな大の乗り物好き。



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最近は、水上飛行艇で家の近くの川から、静岡県の職場まで通うことを、本気で考えている。Jr マサトは、彼に驚かされてばかりである。



そんなわけで、私も26歳。自分のリスクは自分で管理する年齢だ。しかも、僕は日本にいないので母からの十分な物理的な距離もある。それにプラスしてイギリスでは楽にバイク免許が取れる。


日本でいう、原付講習のようなものを受けると、125ccまでのバイクを乗ることができる。旅をするには十分な大きさである。高速でも制限速度の112km 付近まで十分に出る。


こうして僕のバイク人生が始まった。


僕はすぐに、バイクという乗り物が、長らく人を魅了してきた理由がわかった。





体と一体化した小さな機械で、どこにでも行けそうな手軽さ。風や雨や匂いなどを、直に感じることができる開放感。


一般的なバイクの魅力に関しては、チェゲバラの伝記にでも譲るとして、今回は僕が感じる
バイクの魅力に関して話をしてみたい。


バイクに乗ってると、


『終わりのある人生を生きている』


と身に染みて実感ができるところがいい。


いくら安全運転を心がけていたとしても、100キロ近くで、高速道路を走っている時などは、『これでふと気を抜いて転んだら、死ぬんだろうな』と、常に恐怖心の中で運転をしている。


バイクでの長旅の前夜には、怖さで寝付けなかったりすることもある。


そんな僕は、恐怖を感じると同時にこんなことも思う。


『結構ありうる可能性で、明日死ぬかもしれない。今日、気を使ってくれた彼女にありがとうっていわなきゃだし、心配する親には一報を入れておこう。日本にいる友達にも、久しぶりにラインしなきゃな』


バイクに乗ることで、普段意識できないことを意識するようになり、確実に行動に変化が起きる。ありきたりだが、周りの人、もの、環境に感謝するようになる。



今を生きようとか、明日死ぬと思ってやりたいことをやろうとかよく言われる話だが、本当に有限な時間を意識して日常でエネルギーを生むのは難しい。『バイクに乗ること』が、僕にとってそれを意識する方法になる。



友人たつやは僕とは変わった方法で、恐怖心を力に変える。


彼は、旅中でランダムに人と会ったり、行ったことのない場所に行くバックパッカーが大好きだ。





そういった場所で、自分の目で見て、匂いを嗅いで、人と話して、危険を肌で察知するらしい。


五感をフルに使って、安全のために感覚を研ぎ澄ましている時が、彼は死を意識するし、生きている実感を得るらしい。がっ、と目を見開くような感覚が、彼にとっての旅の醍醐味になるらしい。


僕ら2人は、
生きてるんだぞ❗️って、何かに教えてもらわないと、生きていることを忘れてしまう、そんな鈍感な人間なのかもしれない。