オーディオ機器の入出力部に『平衡(へいこう)』あるいは『バランス』、または『不平衡』あるいは『アンバランス』と書かれていることがあります。よく「キャノンがバランスで、ピン・ジャックがアンバラ(ンス)」と言う人がいますが、コネクタの形状だけでは判断できません。バランスとアンバランスは、回路の伝送方式の違いです。
バランス(平衡)伝送
2本の乾電池で豆電球を灯けることを考えてみましょう。 図のように乾電池の+と-から2本の電線を出して、それを豆電球につなぎます。電気は + から出て - に返ってきますから、行きと返りの2本の電線が必要です。 2本の電池のつなぎ目 A点を基準とすると、基準点と行きの電線間の電圧は +1.5v、基準点と返りの電線間の電圧は -1.5vです。 つまり極性が逆で(符号を外した)絶対値は同じです。
オーディオ信号も同じように伝送には2本の電線が必要で、基準点はGND(グラウンド)です。+(ホットと呼びます)から出た信号は-(コールド)から返ってきます。
電池の時と同様、オーディオ信号でも GND と行きの線(ホット)の間にかかる電圧と、GNDと返りの線(コールド)にかかる電圧は、極性(位相)が逆で値が同じです。 このような伝送方法を、バランス伝送といいます。難しい言い方をすると「平衡(へいこう)」といいます。
バランス伝送された信号は差動増幅回路で受けます。差動増幅回路とはその名の通り、+入力と-入力の『差』を増幅する回路です。 たとえば+入力が+1v、-入力が-1vだとすると、差動回路の出力は(+1)-(-1)= +2 となります。
ここで+入力と-入力に外部からノイズが混入したとしましょう。ノイズは+入力にも-入力にも等しく+0.5v 混入したとすると、差動回路では(+1 +0.5)-(-1 +0.5)= +2 とみごとにノイズ成分だけが打ち消されてしまいます。バランス伝送が外来ノイズに強いのはこのためです。
オーディオの世界では、ホットとコールドの2本に、ノイズなどが飛び込まないようにシールドで被った電線(2芯シールド)を使います。 シールドはグラウンドに接続しますが、図を見ればわかるようにバランス伝送ではシールドが無くても伝送そのものには影響がありません。 なので「機器どうしのグラウンドを接続したらトラブルが出た」というような時には、どちらかのシールドを切り離してみるといった対策が取れます。
昔の放送機器やプロ用オーディオ機器では、バランス伝送にはオーディオ・トランスが多く使われてきました。 トランスは電源不要で手軽に高性能なバランス伝送回路を構築できるので大変便利でしたが、コストやサイズ、性能の制限でだんだん使われなくなりました。 代わりにオペアンプを使った回路が多用されるようになり、現在の主流になっています。カタログなどに「電子式バランス回路」という記述があればたいていはオペアンプを使った回路です。
トランスのセンター・タップをグラウンドに落とした、正統派バランス伝送回路。 理屈がわかりやすく、昔は主流だったが今はまず見かけない。現在はセンター・タップを使わないのが主流(理由はわかりますか?)。
アンバランス(不平衡)伝送
これに対して、シールドにコールドの役目もしてもらおうというのがアンバランス伝送です。 シールドはグラウンドにつながるので、グラウンドに対するホットの電位と、コールドの電位が同等ではなくなってしまいます。なのでアンバランス伝送といいます。難しくいえば「不平衡(ふへいこう)」です。
アンバランス伝送ではコールドとシールドが共用なので、シールドがつながらないと音が出ません。つまりお互いの機器のグラウンドを分離できません。
電線代やコネクタ代など、価格的にはこちらのほうが安価にできますが、差動増幅器のメリットを享受できないので、外来ノイズなどには弱くなってしまいます。 従って長いケーブルを延々と引き回すことはできませんし、アース周りのトラブルが出るとお手上げです。業務用機器にバランス仕様が多いのは、こうした理由があります。
なお、バランス/アンバランスという伝送路の違いが、音質の違いに直接影響するということはまずあり得ません。 ただしバランス入出力の機器の場合、内部(プリント配線板など)はアンバランス回路ですからアンバランス-バランス変換回路を通ります。 そのレシーバやドライバの出来が音質に影響を与える可能性は大いにあります。
逆に言えば、入出力がアンバランスの機器はそれだけ回路がシンプルですから、伝送路が相対的に短ければ音質的には有利かもしれません。