手曲げはパイプを作って曲げてました

久々のヨシムラの話です。

1972年頃に発売された、ヨシムラの”等長”集合マフラー。廉価版の機械曲げと高性能やレースを目的とした手曲げがあります。実は、ちょっとだけ市販用の製造を手伝った事がありましたが、その話は広げないようにします。

ヨシムラ=集合マフラーと捉えがちですが、関係者から「基はカム屋」と言われたことがあります。「そうなの!?びっくりと思われる方が多いかも知れません。レースで集合マフラーを使い始めたのが1970~71年頃。すでのPOPの腕前は有名でした。ということは、何で速かったかと言えば、その一つがカムのプロフィール変更です。カムを溶接で肉盛りしてバルブタイミングを変える。それだけではありませんが、重要なチューニングの一つです。

おそらく、カムを肉盛り溶接すると軸が歪むので、後で書きますが熱伝導防止剤を使っていた筈です。そうしないと、曲がったカムをプレスで押して芯出しする、なんて出来ますかはてなマークただの丸い棒でさえ難しいのに。カムは高速回転するから芯は必ず出てないといけない。今度、友人に聞いてみますが、POPは戦後すぐに駐留米軍と交流があったから、横流し品が手に入ったのではないか、と思っています。

余談ですが、その友人アップが家を片付けていたら、1980年頃の外国の雑誌(LE MAN 耐久レース特集 表紙はPOPとレースライダー)にPOP直筆のサインが書いてあるのが出て来たそうですビックリマーク目さすがですね。

写真はDAYTONAサーキットでの数々のZ1世界記録樹立の記録フィルムをビデオ化した中のワンショット。ダウン画質は悪いですが、海外ルートで私の所に来て、明石に里帰りしたものです。当時のワークスライダーのデュハメルが乗るヨシムラチューンのZ1を押す、U.S.ヨシムラのスタッフです。

当初の集合マフラーはレース用も鉄製でした。ホンダは1950年代にはチタンの中空アクセルシャフトを使っていて、それを手にしたことがあるのは以前書きましたが、素材としてはあったのでしょうが、さすがにチタンは高すぎて使えなかったのでしょうね。では、パイプは汎用材かと言えば、答えはNOです。

排気効率を上げるには、太くてスムースに流れる湾曲がいいのですが、当時はちょうどいい既製品の太さのパイプはなかなかありませんでした。でも、性能を出すにはその太さが必要。で、どうしたかというと、鉄板を炙りながらローラーに入れて、パイプを作ってから手曲げしていたのです。びっくり

市販品はコストダウンが必要なので、汎用の引き抜きの鉄パイプを曲げます。これは継ぎ目がないから曲げやすいのですが、巻いたパイプは溶接の接合面があるから、「すごく曲げづらい」ショボーンとマフラー製造の方から聞いたことがあります。

でも、性能を出すにはそれしか方法がなかった。その後にチタンに移り変わるとさすがに巻いて溶接するのが出来なくなり、ある工夫をして太いエキパイで作っていました。それはきっと企業秘密秘密なので、ここでは書きません。

そして、安物かどうかを私が判断するのが集合部です。集合部の作りによって性能は大きく左右されるからです。良くないメーカーは、エキパイとサイレンサーの見栄えを重要視します。多くのユーザーはそこしか見ませんから。ショボーン

あるオートバイのイベントに並べられていたGS1000。そのマフラーを見て「オッ、これは」目と一目で気づいた事があります。そのオーナーの方に、「このマフラーを造った人を知っています。○○さんですよねはてなマークと話しかけたら、「そうです。よく分かりましたね」。「この集合部の作り方で分かりましたよ」。そこでお互いに意気投合。オートバイ談義をしたことがありました。

集合部は各気筒の排気が抜けていく・負圧を作る部分です。そこも進化していったのを私は知っています。秘密だろうから詳しくは書きませんが、とにかく目に見えないところまで細かい気遣いをしていました。排気ガスの気持ちになって、どうスムースに流れていくか。排ガスファーストという位の丁寧さです。

ヨシムラ流の手曲げは連綿と受け継がれています。よくたったこれだけの治具できれいにピタッと曲がるなぁ。何度見ても感心します。そして、冬はいいけれど夏はすごく暑い。それはそうです、機械のベンダーで「ガッシャンコン」と瞬間で曲げるのとは訳が違います。

鉄やチタンパイプが真っ赤になるまで熱して徐々に曲げていく。4気筒なら4本を治具に収まるように、三次元に曲げていくのです。まさに職人芸ですね。