実は貴重な資料を持っていました

”ヨシムラの話”シリーズを書いていますが、時代が前後するのをご了承ください。

ずいぶん前(1992年頃)ですが、海外の姉妹クラブからビデオが届きました。北ヨーロッパですから、VHSテープではありますが、記録方式はPALシステム、日本と米国はNTSCシステム(懐かしいですな)でそのままでは見る事は出来ません。ただ、とても興味がある事が書いてあるラベルが貼ってありました。

友人が記録方式を変換出来るビデオデッキを持っていたので、変換ダビングしました。

それは、カワサキが海外向けに作ったZ1の性能テストの記録、広告用宣伝フィルムをビデオにしたものでしたびっくり

内容は二つあり、その中の一つは”Z1のデイトナサーキットでの24時間 世界記録樹立を記録”したフィルム(元)です。記録を保証するのは、cycle world誌。昔の計測器を使った様子、タイヤ交換を見ても時代を感じます。

数々の世界新記録を樹立した訳ですが、その過程が克明に記録してあります。

テスト車両に用意したのは4台。その中の一台は基本ノーマルのZ1、集合マフラーが付いたヨシムラチューンのレース仕様のZ1もテストしています。なぜヨシムラだと分かるかというと、帽子にサングラス姿の若き日の吉村不二雄氏が写っています。そして、明らかにテスト走行に関わっています。日本人や現地のスタッフが“ヨシムラ”のTシャツを着て、作業をしています。

不二雄さんがZ1を押して来て、アクセルグリップを回したままデュハメルに繋げています。

なぜそうするかというと、キャブレターにアイドリング機能がないから。つまり、完全なレース仕様だという事ですビックリマークこちらのマシンは、カウルが白のゲルコートのままで塗装してありません。少し写っている別のZ1は、カウルまで塗装されているので、そちらが本命で持って来ていたけれど、調子が悪かったのでしょう。予備車とのカウル交換の時間が取れず、奥から持ってきた方で走る事になった…と読み解けます。そうでなければ、世界記録達成の一大イベンなのに、車体のイメージカラーと余りにも違う白色で走る訳がないでしょう。また不二雄さんにお会い出来れば、お聞きしたいものです。
テストライダーの一人はイボン・デュハメル。当時、カワサキのワークスライダーでした。

ヨシムラが、なぜホンダからカワサキ、そしてスズキに替わっていったのかは後で書くとして、ヨシムラチューンのZ1の音は素晴らしく美しい。オーバルコースのDAYTONAにヨシムラZ1の乾いた音が響き渡るピリピリのです。

ヨシムラのパーツを作っていた友人に、このビデオを「不二雄さんにプレゼントしてもいいけど」と言ったのですが、結局そのままになっています。

最後に数々のワールドレコードを達成して終わるのですが、その後、元ネタをくれた姉妹クラブが日本のメーカー訪問をしたいと、私に打診して来ました。後で書くかどうかは分かりませんが、総勢男女11名がノルウェーから来日しました。うち、3~4名がオートバイの代理店で働いていて、最新型から旧車まで幅広く取り扱っていました。

私がオーガナイザーとなり、メーカーとの製造ラインの見学の交渉、会議室を借りての元テストライダーや元ワークスライダー、元開発者もお招きして、質疑応答の通訳などをしました。

その時に、メーカーの広報にこのビデオ(元フィルム)をDVDにしてプレゼントしました。なぜなら、そのような貴重な資料がメーカーには残っていなかったからです!?ガーン

そんな事があるのですね。歴代の名車で世界記録を達成した資料がメーカーにないなんて。

大もとが重工業故か、大雑把なのかは知りませんが、質疑応答にしても古い資料がほとんど残っておらず、代理店では旧車も扱っているので古いバイクの質問もあるのですが、「昔過ぎて、よう覚えておらんなぁ~」と、遠い記憶の彼方となっており、マニアの方が詳しい下剋上のような感じになっていました。(笑)

その後、カワサキワールド今は神戸港に移りましたが、もし、アップのビデオが流れていたら、遠い国から戻って来た映像です。メーカーにはもっと歴史を大切にして欲しい。出来れば、デジタルリマスターして欲しいものです。