これまで何人のダウン症のある人達と出会って来たことか。それぞれの年齢も生まれたばかりの子から、高齢の方まで、そして、長い時間を共にしたり、子供から成人までの様々な場面を見てきた方も多い。


だから経験上、彼らの共通する、共有する感性には疑いの余地はない。


感性が強く、受容体でもある彼らに関しては、何より環境に目を向ける必要がある。


でも表面上どれだけ傷つけられていたり、歪められていたとしても、その奥にあるあの豊かな心は響きのように伝わって来る。


彼らと一緒に居ると、そうだよね、全くその通りだよね、って言うことや、ハッと気付かされることが沢山ある。彼らは人間の本能から逸れない。


はっきり言ってしまうと、何か問題が起きたり、困ってしまうことは、社会の側の問題だ。

彼らは別に何も間違ってはいない。

まあ、ここまで言ってしまうと反論も色々あるとは思うけど、でも、本当に彼らの世界を充分に遮ることなく、出してもらったら、本気で信頼してそうしてみたら、社会だとかこちらの常識を一旦外して彼らに委ねてみたら、僕の言わんとすることが分かると思う。


ダウン症の人達は700人に1人、産まれて来ると言われる。国や人種によってこの割合が変わることはない。人為的に手を出さなければ。


700人に1人って言ったら、かなり多いですよね。

このことが何を意味しているか、ってことです。


人類にとって、なんだと思うんです。

700人居たら、1人彼らのような存在が必要なんです。

人間にはそう言うバランスがあるんだと思います。


彼らが居ることで、僕らは暴走しないんです。

どうやったら調和できるか、人や世界を感じるんです。


人間には戦う本能と同時に、繋がる本能があります。


ダウン症の人達の言ってることとか、やってることを見てると、あ、本当にそうだな、正しいな、と感じます。


この700人に1人の摂理を考えたら、言うまでもなく出生前診断、その後の命の選別なんて言うのはもってのほかです。

人間のおごりです。

何でも操作出来ると思ったら、大変なことになります。

そう言う暴走を、違うんじゃないか、やり過ぎじゃないか、って、あ、そっち行ったら危ないって、そう言うことに気づかせてくれる存在が彼らですから、そこを切ると言うのは、実は人類にとって危険なことです。


人間には分からないことが沢山あります。

いや、殆どのことは分かっていません。


もっと謙虚にならないと。


700人に1人は彼らのような存在がいて、ちょっと一緒に立ち止まって、この世界を感じてみるんです。

そして、ゆっくり味わったり、笑い合ったり、響き合ったりする必要があるんです。

そう言うことを合理的じゃないからと、切り捨てて、もっと早くもっと便利に、もっと役立つこと、って考えて進めて来たことが、こうして行き詰まっていますよね。


本当に必要なことをいつの間にか忘れてしまってる訳です。


だからほら、ダウン症のある人達は理由があって、必要な役割があってここにいる訳です。

それをきっかけに他の人達だって、どんなことだって、理由があって意味があってそこに居るんだって、あるんだってことを、もう1度感じられたらね、もっと豊かな社会を創れるんじゃないか、って思います。

僕らはみんなもっと幸せに生きて良いはずです。