ちょっとまず初めに8月18日のInstagramとFacebookへの投稿記事を貼りたい。
東京アトリエでの日々から退いて3年、いや4年経つか。早いものだ。内容面ではやり切ったし、何処まで行けるのか証明出来たとも実感していて、何も思い残すことはない。ここ数年感じているのは、未来を考えてこれから必要なのは圧倒的な影響力と普及力、そこに特化した人材や組織だろうと。兎に角、認知度のレベルで興味を持つ人が沢山いてこそ多様な可能性も議論も生まれるから。発信面に関してはまだまだ思うところもあって、こんな片隅で静かに制作の場を開いていても、世の中でのあれこれを聞いて愕然とするまだまだその認識なのか、と。でもやっぱり1番ベースと言うか、僕が1番大切だと思うのは現場レベルの話。昨日、調子を崩してしまっている作家をみていて、マンツーマンでしっかりみていて、最初から終わりまで少しづつ解して、最後には心も身体も柔らかくなって、元気も笑顔も戻って行くプロセスを確認して、その中、ずっと思っていた。一目瞭然なんだよな、って。ここが固くなってる、ここはこれから来てるな、ここ放っといたらこうなるな、これはここに入れとかなきゃな、って、当たり前に明晰に次々進めて行く。僕には見えること、分かること、出来ること、なんの疑問も不安もなく。でもこれをやれて言い切れる人はまず居ないだろうな、って。分からなければこれも問題になるな、とかここ触ったり焦ったり力入れたら悪化させちゃうな、壊しちゃうな、って言うポイントも色々あって。うーん、これはつくづく現場レベルで相手を見て対応出来る人材が各場所に必要だな、と。見極められる人さえいれぱもっともっと問題はなくなるし、悪化させたり壊したりしちゃう危険もなくなる。でもそう言う人材を育てるには時間も環境も必要でまずそれが今どこにもない。これは大きな課題だなと。
ここで書いた様に第一線から離れて感じることは、
およそ30年取り組んできたテーマ、背負ってきた任務において出来たこと、深められたこと、変えて来たこと、
それ故に削らざるを得なかったこと、
出来なかったこと、課題として、このジャンルに残されたことを思う。
繰り返しになるけど、内容は充分深めてきたから、後をやる人、続きをやる人、或いは違う角度から新たに挑む人達はぜひ拡散力の方を、数を、普及を目指して欲しい、と願っている。
このジャンルでクオリティを追求した人って居なかったからね。
誰もやらなくかったし、やれなかったし、その可能性を示す必要があったからやってきた。
だから、削らざるを得なかったし、諦めなければならないことも沢山あったし。
数を目指すなら妥協しなければならないと言う場面でも、やはり妥協は出来なかった。
それは明らかにしなければならないことがあったから。
ある意味ではそこはね、もうやっておいたから、って、だから違うところ行って良いよって言えるところがある。
シンプルな言い方すればね、
まだまだなめられてる、このジャンル。
そこに何か途轍もないものがあるなんて、殆ど誰も思ってはいない。
そんなもんじゃないから、そんなレベルで見てないから、ってところがね、ここに本当に凄いものがあるから、ってそれだけは妥協しないで来たから。
それもあるし、今だからこれも一応言っておきたい。
これも誰も指摘しないし、誰もそんな認識を持っていなかったから、いつも開拓者は苦労して誤解もされる。
現場の中心を離れてから、周りから性格変わったかの様に言われたり、丸くなったなんて言われることもあるけどね、そんなことは実は全くない。
これが僕の素だから。
僕らの仕事ってプロデュースとか頭脳労働とか色んな要素があるけど、そう言うのをおいて現場で作家達と関わる仕事、これはまだまだジャンルとして確立されていないし、実際にそこで何が行われてるのか、僕は例えばそこで何をしているのか、知る人はいない訳でね。
だからね、ジャンルがないから、なんの仕事してるか普通分からないから、ね、
そうすると何がおきるか、まあ甘く見られる、なめられる、そうされた時にね、考えがない、信念がない人達は相手の認識を変えようとしない。
だから、まあね、なめんなよ、なんて相手は言われるとは思ってもみないわけで。
そこを僕は指摘してきた。
その認識は違うよ、と。
生意気と思われたり、頑固と思われたり、プライド高いな、と思われたりね。
でもね、それはどうしても僕がそうするしかなかったから、役割で仕方なくやってきたこと。
何故なら誰もそうしないことが分かっていたから。
認識を変えて行くには僕が示すしかない、と。
それは言うまでもなく自分のためではない。
自分のことなど、この仕事をする時点で捨ててしまった。自分のことなんて微塵も思わなかったし、命を惜しんだこともなかった。
関わると言う仕事、相手の心の奥深くを共有して、そこから一緒に豊かな世界を掘り起こしていく仕事。
それはとても鍛錬を要するし、生まれ持ったセンスが必要だし、そしてやり甲斐のある、素晴らしい仕事である。しかし、その仕事を理解する人、認識する人は殆ど居なかった。
簡単に言えばこの仕事の社会的地位がまだまだ低い。
世の中のリスペクトに欠けている。
だからこそ、僕は出会う一人一人にこの仕事への敬意を要求したし、お互いにリスペクトを持てなければ付き合えないと言う線を譲らなかった。
開拓者として自分は良くてももし、こう言うことをやろうとする次の人達が出てきたら、とその人達、その先の人達を考えてきた。
必要な訓練と努力、そして人としての成長、しっかりした技術とそれを支える人格、それらをそなえて、誇りを持ってこの仕事をする人、そう言う人達をリスペクトする文化を創って行かなければならない。
