このブログの前に3箇所で書いて、

時々でテーマを持って引越してきた。

それぞれのブログに愛着はあるけど、

どれもが役割を終えて閉じた。


そして、それらのブログは共に現在進行形での発信だった。このブログだけが今ではなく、残すことをテーマに纏めてきた。


そんな中で書き残しておかなければならないテーマとしてはこれが最後となるのかな。

ずっと書かなきゃとは思ってて。

ダウンズミュージアム構想についてだ。

よしことダウンズタウンの構想を練ったのは20年以上も前でその時にはダウンズミュージアムのヴィジョンは出来ていた。


いつの日かダウンズタウンが真に実現する時、

その中心にあるのはダウンズミュージアムである必要がある。


何故か

それはダウン症のある人達の存在、

その本質に何があるのか、彼らの本来の素晴らしさ、

何らかのフィルターを通したものでなく、

そのままダイレクトに表されているもの、

それが絵画作品であり、

それを多くの人が纏まった状態で見ることが出来ること、それが彼らへの理解と共存においても大切なキーであるからだ。


ダウン症の人達の絵画作品と一言で言っても、それには条件がある。

彼らの本心、彼らの素が遮られずに現されているかどうかと言うところ。

それを見極めるにはまだまだ様々な議論が必要となってくるが、未だその段階にはない。

だからこそ、一つの作品群がその問題提起も含めて可能性や基準を提案出来ると考える。


まだ本当には知られていない、見られていない世界がある。彼らの表現をこういった視点から捉えた活動は世界中で皆無である。

人類にとっての芸術や美とは何かと言う大きなテーマの中心にある作品群でもある。


彼らに共有される共通の在り方、感性の形と言うものが確実に存在している。

それは彼らの描く最良の作品を通して見ることが出来る。

他の場所で何度も書いて来たけれど、環境や人から影響を受けやすく、自らその本質を表現することは殆どない彼らの感性は、相応しい環境と人があって表れ出てくると言う要素がとても大きい。

何故そう言い切れるか、その問題は既に語って来たのでここでは繰り返さない。


単純にまだその全貌を誰も見たことがない、と言うこともあるし、それから様々な意見があって良いと思っている。だからこそダウンズミュージアムが1つのきっかけにも資料的な役割を果たすことにもなれるはずだと。


まず彼らの作品の圧倒的な美しさ、

見た人達が心動かされる、感動する、そう言う場面はこれまでの活動でも沢山見てきた。

これらの作品が人類にとって途轍もない価値を持つものであることは僕には疑いようのないことと思える。


これは1つの文化であり、平和的、調和的な感性とポジティブなバイブレーションは世界中に必要とされる大切な人間性の根幹を成すものだ。


ダウンズミュージアムはそれを絵画作品てして、この目で見ることが出来る場であり、人間とは何か、創造性とは何か、心とはなにか、そしてみんなが争わずに共存することは可能か、そう言う根源的な問いへのヒントを、ビジョンを見せてくれる場所。

だからこの貴重な人類の財産を出来るだけパブリックな場として設定出来ることが理想だ。


作品を今の社会のルールの中で位置づけ、変換し、切り売りする世界を完全に否定はしない。

それも1つの方法では有り得る。

しかし、それだけでは見えないもの、逆に隠されてしまうもの、そこに本当の価値がある。


特に社会に多い経済への変換にしても、それを成り立たせるこの社会そのものへの問い、それを根本的に変える可能性をもこの作品達は示しているかも知れない。

或いはよくある議論として、果たしてこれは芸術、アートと呼べるのか、と言う声にも、芸術、アートであるという作品の力や作品論もまた1つの変換であるとも言える。もっとその芸術、アートそのものを問う、見直す可能性さえこれらの作品世界は示している。


そして、もちろんもっとカジュアルに、楽しめる、作品に触れて心を満たす、背景を考えずとも作品を純粋に楽しんで、感じて貰える場所。


僕は東京アトリエ時代にInstagramのアカウントにその都度、制作された作品を上げていた。

それは奇跡の記録だった。

それは連続でただ見て感じて貰えば分かるものだと思っている。

どうかその時期の作品たちも見て欲しい。


だからダウンズミュージアムを。

美に触れ、調和の感性を感じて貰える場所を。

人類の未来を、可能性を示す心の在り方に出会える場所を。と。


ダウンズミュージアムの実現は他の人、これからの人へと繋がなければならないかも知れない。

未だその本質を知られることがない、人類の宝のような心の在り方と、圧倒的に美しい作品群を、世に解き放つためにこの構想を、ビジョンを共有してくれる人達と出会えますように。