以下は12月3日にInstaとFacebookに投稿した記事です。このページではダウン症のある人達の文化を発信してきていて直接的に少し角度が異なるテーマですが、20年に渡りダウン症のある人達専門の絵画アトリエとして実践してきた場作りの元にある思想でもあり、ここに再録することとしました。
明日から信州へ向かいます。
2023年、共働学舎とのコラボ企画でのワークショップを締めくくります。
これがただのイベントで終らない為にも、と言う思いでテキストを残すことにしました。共働学舎の為に書きましたが、制作の場を創ると言うことに関して普遍的な内容になったので、公開することにしました。
何方か冊子にでも仕立てて下されば、そして必要な方にお配り出来れば良いなと思いつつも、この時期に何とか間に合わせたかったのでひとまず投稿と言う形で公開します。以下やや長いですが。
共働学舎での制作の時間について
学舎アートプロジェクトガイドライン
(作成 佐久間寛厚)
このテキストは信州共働学舎の中で、制作の時間を持ち、続けて行ける為に共有しておきたいこと、良い場とするために大切なことを、指針として残しておくために書くことにしました。
場作り、それも制作と言う一人一人の心にタッチする時間を創ることをマニュアル化することは出来ないし、そうしてしまうことは良くないことです。
私達は一切の先入観を取り払い、その瞬間の新鮮な心の動きを敏感に察知して行く必要があります。
ですから、これまでこの様な形で指針を纏めること、残すことをあえてしないようにしてきました。
でも今これを残すことの意味は、今もこれから先も、この場を大切にしてくれる人、この場を続けて行きたいと思ってくれる人、その意味を感じてくれる人が、どんどん関わってくれること、そんな場所にして行って欲しいからです。
制作そのものと同じ様に、場を創ること、人と関わることも感性を働かせ続けるクリエイティブなことであることを忘れないで下さい。
言葉はあくまで基本、ベースとなることのみです。そこにその場でのその人にしかない、その瞬間にしかないアレンジ、創造性が加わり場が形となります。
制作の時間をなぜ創るか
信州共働学舎における絵画制作の時間は、農作業の無い冬の時間の中でメンバー達のリフレッシュと、それぞれの良さが活かされる時間をと、坂井明子さんが細々と大切に続けて来たことが元にあります。
僕自身は10代の頃、16才から23才までの間、最初の数年は出入りしながら、この多感な時期に学舎から学び、その後の生涯のテーマを与えられました。学舎を離れてから20年以上に渡り、沢山の人達の制作を通した心との対話、制作の場を創って来ました。
その途中で信州共働学舎の冬に久しぶりに訪れた際に、前述の明子さんの続けて来たメンバー達の制作の時間を1度やって欲しいとの要望を受け、今は亡きメンバー達も居ましたが、心の深くに触れる、響き合う時間を共有することが出来ました。
以来、いつかは学舎に正式な場所として、制作の時間を創れたら、と言う希望を持って来ました。
2023年、共働学舎の米袋デザインを更新する目的で助成金を受けて、その原画制作のために学舎アートプロジェクトとして数回の制作の時間を僕が担当することになりました。
その時間をみんなと創ってみて、増々、これからも制作の時間を持って行って欲しい、続けていって欲しいと言う願いが湧いて来ました。
僕が関わったことは切っ掛けで、これから先は学舎メンバーがみんなで場を創って行くことになることを願います。
さて、場作りにおいて最も大切なことは動機です。
この場を創り、続けて行くのは何のためでしょうか?
特に共働学舎において制作の時間を持つことの意味は?学舎の魅力は人の魅力。そこに居る人達の笑顔に沢山の人達が惹かれ、癒やされ、一緒に歩もうとします。そんな学舎の生活の中に、制作の時間を持ち、一人一人がその人にしかない個性、魅力を発揮出来ること、一人一人がありのままを認められ尊重されること。その人の心の深くにある可能性が発揮できること、笑顔に溢れること、心と心が響き合うこと。
それが制作の時間を持つことの意味です。
この動機が共有されていることが何よりも必要なことです。今もこれからも。
自発的創造性
制作の場が一人一人にとっての精神的な家の様に、自分に戻れる場所として帰ってこられるような時間となることが理想です。自分で部屋に入って画材を出して描いて行く。そこに他の誰かの手が介在しないこと。そんな場所になるのがベストです。
ただそこに1人でも2人でも、場の責任者が居て、一人一人の気持ちを汲み取り、必要なら側に居て、隣に座って見守ること。そう言う役割を担う人が居てくれると良いです。
この役割は指導者とは違います。
制作への指導的な手は一切加えないことが大事です。
見る人の想いを相手に投影してはいけません。
その人の心の動きを遮らない。
相手を信頼することです。
描く力は生きる力です。その内なる力がその人の中から湧き出て来るのを信頼して、心を共にして、共感と共に待つことです。
受け止める
作品に口出ししてはいけません。もっとこうしたら、とか、これは何?と言う質問ばかりしないこと。
良し悪しをジャッジしないことです。
どんな表現もその時のその人の真実です。
褒めることも大切なことですが、褒めることもある種のジャッジに繋がります。そこには注意が必要です。
褒めるより、認めること、受け止めること、今のその人がそこに現れています。
制作の純度を保つために
制作の時間は自由になってもらうため、開放されるためにあり、一人一人の個性が遮られず、方向性を固定されないことが何より大切です。
目的を外から与えられることは避けましょう。
何かをするための目的に絵を描く、それがデザインや様々な企画であったり、展覧会等、展示目的で絵を描くと言うのも控えて、外の意識が制作を限定づけない様にしましょう。
企画は自然に生まれた作品の中から選定すべきです。
制作の時間自体は何者にも限定されない純粋さが保たれていることが重要です。
自然な成長と幸福感
こうしたことが全て一人一人の心の健康にも繋がります。自分らしさを周囲に認められ、受け入れられ、充分に発揮出来た時に生れる自信、生命全体を肯定された感覚が自然な成長を促します。
メンバーの内面的な喜び、生きている幸せを感じられる場となること。
何を見て行くか
制作の時間はその人の人生が凝縮されて現れます。
そのプロセスの中でも沢山の季節がやって来ます。
この瞬間を掛け替えのない、一期一会と自覚して大切にしていきながらも、流れを見ること、先を見て今の季節を捉えることが大切です。
良い時も悪い時も、流れの中で自然に経過して行ける様に優しく見守ること。
絵を見ると言うより、心を見ることです。
描けなかったり、気持ちが動かなかったりしても、強制しないこと。焦らないこと。今の状況を受け入れること、認めることです。しっかり共有していればそれで良いです。必ず次の瞬間がやってきます。
描いていようがいまいが、ただそこに一緒に居ること。
線の強弱、発色の度合い、筆の動き、流れ、そこにその人の今の気持ちが出ます。感じていること気づいていること、感じようとすること、気づこうとすること、そこに共感、共有が生まれます。
こちら以上に相手は敏感に感じ取っています。
敬意を払うこと
相手に敬意を払うこと、それが全ての基本にあります。
相手に興味を持つこと、注意力を働かせ感じとろうとすること、それが敬意の現れであり、必ず相手に伝わるものです。場ではお互いが敏感に感じ合っています。
言葉でのコミニュケーションについて
制作の場において、自然な会話があり、普段は口にしないようなことも言葉として出て来たりもします。
一つ一つ受け止めながらも、言葉に頼らずにその奥にある心の動きを感じることが大切です。
言葉でのコミニュケーションは相手から出て来る時以外はやりすぎないようにすべきです。特に説明を求めることは逆に感じてもらえていない、分かってもらえていないと思わせてしまうことがあります。
1番大切なこと
そして、最後に書くべきか迷いましたが、僕のこれまでの経験の結論です。
制作の場の価値、最大の意味は何か。
それはこれに尽きると思っています。
人は誰でも産まれたその時からの、ほんの僅かな時間だけ、その掛け替えのない時間だけ、赤ちゃんの頃だけ、存在そのままを、ただそこに居ることを集中して、ただ自分だけを見て貰えます。
今この時にそんな時間を作ること。
その人だけに集中して丸ごと見て行くこと。
それがどれほどの力を持つことなのか、どんな奇跡を起こすか、やってみればきっと体験することでしょう。
制作の時間を通して、細やかな場を通して、一人一人の生命力が輝く場面を、みんなで創って行ってくれることを願っています。
2023年 共働学舎ワークショップの記念にこの小さなテキストを残します。
