さて、と言うか随分久しぶりになってしまった。

2022年最後の夜。

このページに関しては少ししか書けなかったけど、それで良いと思っている。

ここは未来に残しておく目的で書いて来たので。

でも、数年の内に世界はどんどん危険な方向へ動き出した。このままにしておく訳にはいかない。

今日Twitterでこう書いた。


困難の続く世界で、今も不条理の内に苦しんでいる人達が沢山いる。他人の痛みを感じようとしない世の中で、不平等と格差がどこまでも広がる。2022年の最後の日に何かメッセージを書きたかったけど時間も無い。昔話した音源をぜひ聞いてみて欲しい。感じて欲しい。


母川回帰シリーズとして語っていたリンクを貼ったがここには上げない。


ここで残して来たダウン症文化について、

その平和の力がこの世界にはますます必要となっている。


どんな世界でも経験者の話を聞くことは重要だ。

でも、忘れてはならないことがある。

決して語られない、語ることが出来ないものがあり、そちらの方が寧ろより深い現実であること。

そこを決して忘れてはならない。


知る者は言わず言う者は知らず、と言う言葉があるが、それは何も知恵に限ったことではない。深い喜びも悲しみも、貧困や戦争や様々な困難の経験もそれが深ければ深いほど語ることが出来ない。


人を分かろうとすること、少しでも感じようとすること、その為には前提として、語られないものがあり、見えない領域や聴こえない声があることを、どこまでも肝に銘じること。


世界がこんなになっていても、無関心は蔓延し続ける。


ダウン症文化論として僕が触れて来た心の在り方、それは他人のいない世界。無関係なものが一つも存在しない世界、そう言う深い一体感を体感して生きること。


この世界の全てが僕らの一部だと皮膚感覚で知りながら生きること。


無関心と言う闇を払うこと。

全てに注意をはらい、愛し、響き合おうとすること。


世界への配慮。


ダウン症のある人達の心の在り方から、僕らは人間の本質とその可能性を抽出しなければならない。

そして、それをこの世界に満たさなければならない。


それは不可能なことではない。

忘れているだけなのだから。

僕たち人間は本来はその様な存在なのだから。


2022年最後の夜に。