愚かな歴史は繰り返される。
個人であろうと集団であろうと、如何なる理由があろうと、人間を壊すこと、生命を否定することは許されない。未だに人類は学ばない。
人間が偉いなんて言うのは全くの錯覚。
寧ろ愚かで未熟で、ここで変われるのかが問われ続けている。

このページで僕がダウン症のある人達の文化を伝えようとするのは、理念や綺麗事ではない。
本気で大真面目に、人類にとって彼らの文化から学ぶことが急務だと考えている。

みんな言う訳です。戦争はいけない、って。
でも、どうやってそれを超えて行くのか、根本的なところを見て行かないと。
何故、戦争が起きるか、と言うこと。
何故でしょう?
政治じゃないです。部分的な問題だけではない。

個人の中に戦争する心がまず存在するからです。
戦争する心とは何か、それは他人事にする心です。

戦争が起きても、そう。それは外の出来事なんです。
誰かが死んでも外の出来事なんです。
国と国でも、それは外と外なんです。
外に置いた瞬間に心は共感を働かせなくなります。

共感が消えなければ戦争は出来ません。

そうなんです。
だから戦争を終わらせる為には、共感を動きを消さないことなんです。
もっと言えば、外に置かない、と言うことです。
何処かの国と何処かの国が争う。それは外のことではありません。誰かと誰かが争う。それは他人のことではありません。何故なら全ては自分達と繋がっているからです。全ては分けられません。
全てが他人事ではない。

共感と言う心の動きは、はっきりそう言う風に世界を捉えます。
思い遣るとか、配慮する、と言う心の動きは、全てが繋がりあっている、と言う認識から生まれています。

これは理念ではないんです。
心の使い方、感性のあり方です。
そう言う心は育てて行く必要があります。
ある意味で訓練が必要です。

これも何故かと言ったら、今人類は個人の心の使い方を、世界や相手を外に置く、と言う使い方、把握の仕方に馴染ませてしまっているからです。
これは癖になっています。だから他人の痛みが感じ取れません。環境にまで感性が動きません。
それをスローガンで頭で教えても駄目なんです。

感じる心を発動させて行かなければ。

ずっとずっとダウン症の人達の心の使い方を見て来ました。感性のあり方を見てきました。
彼らは起きいることを外に起きません。他人事にしません。全ては自分と繋がりのある存在として把握されます。

このことを本当に深く掘り下げる必要があります。

戦争を本当に終わらせるためには、個人の心を、一人一人が変えて行かなければならないのです。

ダウン症のある人達の感性のあり方は、これから人類が向かって行かなければならない未来への鍵となります。
この調和の文化を見ましょう。
感じましょう。想いを馳せましょう。
そして、分かち合いましょう。
大切にしましょう。

地球上から全ての戦争を終わらせるために。