あえて、逆の言葉をタイトルにしてみた。

いや、僕自身がそう思ってたから。それも結構長い間。

これもダウン症のある人達と出会って教えられたこと。


満足は罠だと思っていた。

満足するな、満足したらそれで終わり、止まってしまう、ってこれは良く言うし、言われるもの。

もっと改善とか、もっと向上とか。

満足したら進化は無いとか。


でも本当にそうなのだろうか。


満足と言う罠に掛かったらいけないよ、なんて。


逆なんだなぁ、って、満足出来る人間になることの方が遥かに大事なんだって。


僕らの社会全体がそう。

一体何時になったら、どこまでやったら満足するのか、って。満足出来なかったら、何やっても切りが無いから。


全部欲望。そして、欲望には終わりがない。

もっともっと、って。


ダウン症の人達と過ごしきて、素晴らしいなぁ、と1番思うのは、彼らは幸せになる能力を持っていること。

人を幸せにする能力を持っていること。


そこに何があるかと言ったら、やっぱり満足出来ること、いつでも喜べること。


何にも無くても楽しいと思える力。


絵の描き方とか、動機をみてもそれは良く分かる。

一般に障害者アートとか特に初期の頃に位置づけられた世界において、作者の描かずにはいられない衝動だとか、強迫観念等が語られる。

これはダウン症の人達には全く当てはまらない。

彼らは描く必要とか、描かずにはいられない衝動なんて持ち合わせていない。

寧ろ描いても描かなくても良い。

では、何が動機かと言えば、楽しいから自然に筆が動く。満足感がそのまま作品となる。


現代社会での人間の動機も殆どは欠落を埋めるため。


穴を必死に埋めようと、色んなことをして生きている。


でも、最初に満足を知って、満足からスタートすることだって出来る。


僕はそれを自発性と言って来た。

それで、ダウン症の人達の制作のあり方を、自発的創造性の動き、と捉えてきた。


彼らの制作の現場に立ち会う人間に必要なのは、気持ちを響き合わせ、心を通い合わせること。

本来の流れを遮らないこと、そこに不純物を乗せないこと。それにつきている。

何故なら、僕らより彼らの方が知っているから。


彼らが本能的に既に持つ力は、まだまだ世の中では知られていないし、活かされる環境も作られていない。

そして、それを熟知している人間も殆どいない。


彼らの芯の能力を発揮出来る環境は、他の沢山の人達を幸せにする。


満たされていない場所から始めないで、今与えられているものの豊かさを認識しよう。

満足から始められる心を僕らも学ぼう。


平和で幸せな世界となるために。