文明も教育も、僕らの社会って詰め込みなんです。

持ち過ぎなんです。

色んなものをゴテゴテくっつけ過ぎて、重くて重くて動けなくなってるんです。


気持ち良い感覚ってありますよね。

軽くてスムーズに動けて。

特に情報過多なこの時代、物だけじゃなくて、情報にも重量があると自覚したほうが良い。

健康のためにも。


なんだってちゃんとしてる人は考えてやってるし、考えを持ってますね。でももっとプロ、プロじゃなくてももっと一流は無心でやっています。

良い動きって無心から生まれます。


ダウン症の人達が作品を制作しているとき、凄いなぁ、といつも驚くのは、あまりの無心さなんです。

これだけ無心で描けるって、本当に凄いと。


見ていても物凄く綺麗な作品、素晴らしい作品を事も無げに次々と描いて行く。花が自然に咲くくらいに。


筆を取った瞬間に無心になれる、と言う凄さもあるけど、やっぱりそれが出来るのは普段から無駄なものを心に入れてないからだと思うんです。


だから、描き終わった作品に無頓着なんですね。

もう終わってるんですね。それを見せびらかすとか、凄いでしょなんて全くないし、ましてやそれで人に評価されようなんて気はさらさらない。だからこそ、あんなに素晴らしい作品が創れるんですね。

それってもう理想ですよね。普通の人にはまあ不可能なことです。

だけど、少しでも見習った方が良いと思うんです。


彼らはバロメーターと言うか、何が本質なのか僕らに教えてくれてるんだ、って感じます。


色々くっつけて、幾らでも集めて、沢山詰め込んで、人は幸せになるどころか、かえって不安や心配を増やして、争って蹴落として、自分達だけが良ければ、と言う狭い考えでお互いを追い詰める。それがこれまで作られて来た文化だとして、もう一つの文化からも学ぶ必要がある。


要らないものを心に入れない、目の前の物事に無心で向き合う、周りの綺麗なものに気づく、出会った人に微笑む、こう言うシンプルなことほど人を幸せにすることはない、とそんなことを彼らは教えてくれている。