ダウン症の人達の文化を語って行きますが、

最初にお断りしておきます。

実際に長い時間を彼らと共有してきた中で見てきたこと、経験してきたことを元にしています。

ここに書いているようなことを、理想化しているとか、いや現実はそうじゃない、と思う方には、

まずは環境を問うことから初めて頂きたいです。


何度か書いたように、ここで言う彼らの文化と言うのは、彼ら本来のリズムが守られた環境でのことです。

実際に人数でも時間でも、こう言う言い方もなんですけど裏づけがとれていることを書いています。


そんな訳で、彼らの世界に委ねて、ゆったりと流れる時間がありました。同じセンスを共有する仲間たちと、その場に入ったら彼らの世界に自らを同化して行くスタッフたちで創った場所がありました。


ダウン症の人達はまず基本的に争わない存在です。

みんなで集まって一緒に過ごしている中で、まず喧嘩が無いんですね。

僕らの社会とか文化にはそう言うところがないから、これはなかなか想像出来ないんですけど、本当に平和なんですね。


言葉にしても、お互いにマイナスを言わない。

相手を傷つけない。


空気を読んで配慮する人達なんですね。

それは何も人ばかりじゃなくて、環境の隅々までにそんな配慮があります。


一緒にいる人達がみんな笑顔になって行く訳です。


みんなで一緒に、ああ楽しいなぁ、幸せだなぁ、と思える時間なんですね。

こう言うのは何故かと考えると、やっぱり彼らって比べないんですね。まず人と比べない。

自慢話も聞いたことないです。


比較の世界がやっぱり不幸の元なんですね。

比較するから有用無用とか役に立つとか立たない、って話になる訳で、比較しなければそんなのないですから。

全部が唯一無二です。


だから自然に、当たり前にみんな認め合っているんです。もちろん、順位もない。


そんな世界がいつか僕らの社会を救うと思うんです。

それなのにまだまだ、逆のことをやってますね。

比較出来て1人前とか、競争して認められて自立だとか。評価されて生き残れるだとか。比較の無い稀有な文化を持つ人達に必死になって比較を教える。


比較は不幸の元。比較しないことは幸せの元。

いつか彼らの文化を見つける時代は来るのだろうか。

確かなことは、今のあり方は終わろとしている、と言うこと。その先に僕らは何を見るのか。