20年前にダウン症の人達の為のアトリエを、それからずっと続けて来たから、絵画なんですね、アートなんですね、って良く言われるけど、ちょっとだけ違う。


今はアウトサイダーアートとか、アール・ブリュットなんて言って流行ってるけど、あの頃は社会的にはまだまだぜんぜんだった。

下手したら今なんて障害者=アートみたいな雰囲気すらある。でも、なんかやっぱり違うんですね。


生まれる作品の質の話も、制作に本当に相応しい環境や、関わる人達の在り方も、本当はもっともっと議論されるべきだけど、今はそこにはふれない。

いや、これまで沢山語って来たことでもあるし。


でも、もっともっと本質的なことを言うなら、アトリエ、絵画、制作、アート、なんだって実は良いのだけど、大事なことはそこじゃない。

一人一人の心にどれだけタッチ出来るのか、それによってその人の本当の良さが出て、その場で幸せを感じて貰えるか、そこに尽きる。

はっきり言ってそこだけ考えていたら良いし、それ以外のことって、現場で言ったら邪念だと思っている。


ダウン症の人達の為の学校をやっていたことがある。

いつの間にか10年ほど続いたこのプロジェクトは今でも斬新だし、まだどこでも行われていない。誰もやったことのないモデルだったと感じている。

保護者の方たちや理解者や応援さて下さる方がいて実践出来たことで、奇跡のような場所だった。


ダウン症の人達について語るとき、あの実践があったからこそ見えたこと、分かったことが沢山ある。


これはダウン症を持つ人達ばかりではなく、様々な人達がいつかは出来る場所や人が居れば良い、と思う。


見学とか遊びにとか、学びに来る人達や、休みに来る人もいっぱいいた。

ダウン症の人達にプログラムの全てを任せて、彼らが創る場所になっていた。

彼らが考え、感じて、創ってきた時間と空間。


そこにあった空気感。創造性に溢れた明るく優しく平和な場所だった。多分、世界中で1番笑ってる場所だった。世界一平和な場所だった。世界一幸せな場所だった。そして、来てくれる人達にとって救いの場所でもあった。


誰もやってみたことが無いから、誰も知らない。

でも、やってみたらあんなに美しい世界が見えてくる。


繰り返すけど、あの場は完全に彼らに委ねて、彼らが創った場所だった。

僕らはどうする?なにしよっか?って、で、こうしたい、こんなの出来ないかな、って言う彼らに従ってきただけ。


その結果はとても感動的なものだった。

こんなに素晴らしい世界が創れるんだな、って。

彼らは人間の可能性を示している、って言うことを僕が話すのはその頃の経験がとても大きいと言うこともある。


この社会の中にあんな場所があったら、それは彼らだけでは無くて、沢山の人達、そしてこの社会に確実にプラスになる。それどころか必要不可欠なのではないかとさえ思える。

いつの日かそんな世界が出来ることを願う。

現実の問題として経済や人材や様々な要素をクリアしなければならないし、その為には時間もかかる。

でも、まず、こうしてその文化を知ってもらうことから、きっかけを作って行きたい。


今の世界だけが唯一の世界ではない。

今の価値だけが価値ではない。

僕らはもっと違う世界と価値に気づく時代に生きている。こう言うことを皆さんと分かち合うことが出来ますように。そして、今のこの世界で苦しんでいる人達、居場所の無い人達が、みんなが幸せになれる世界にたどり着けますように。多くの人達が違う世界を創る可能性に少しでも目が向きますように。