そこは地獄の一丁目! | 習作の巣

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深夜。


一人でいると、なんとも言えない乾いた風が心に吹き荒ぶことがしばしばあって、それを何とかしようと部屋の片付けを開始したはずが、下の漫画が全巻発掘されてしまって、そしたらもうどうにもならない。
一気に最後まで読破してしまいその余波でこうして筆を執っている訳だ。




「エリア88」
著 新谷かおる
(発表期間1979-1986)

エリア88 1<エリア88> (コミックフラッパー)/KADOKAWA / メディアファクトリー
¥価格不明
Amazon.co.jp




ここは中東…
作戦地区名
エリア88

最前線中の最前線!
地獄の激戦区
エリア88!!
生きて滑走路を踏める運は
すべてアラーの
神まかせ!!

おれたちゃ、神さまと
手をきって、
地獄の悪魔の
手をとった…

命知らずの外人部隊!!


(第一巻 第一話 うらぎりの大そら)








アニメにもゲームにもなったから、ご存知の方も多いのではないだろうか。


中東に位置する架空の王国「アスラン」を舞台に、来る日も来る日も戦闘に明け暮れる外人部隊「エリア88」。
その中で必死に生にすがりつきながらも、尊厳を守ろうとする男たちを描いた新谷かおるの代表作である。


少女漫画チックなタッチの画面の中、異常に描き込まれた戦闘機群。
エグさを感じさせない絵に写る夥しい数の死。
英雄譚でもなくルポでもなく悲しい男たちの物語がつまった本書は、初めて手に取った当時中学生の私に相当な衝撃をもたらした。



共に旅客機のパイロットを目指していた親友、神崎の策略によって、無理やり外人部隊へと入隊させられた主人公の風間真。
アスラン内戦の最前線であるそのエリア88から生き延びるには、三年間の契約を満了するか、高額の違約金を払って除隊するかしかない。

親友の裏切りの真相を暴くまで、恋人に再び逢うまで、日本に帰るまでは死ねない、とカレンダーに印を付けながら日々を送り、エースパイロットとして戦果を挙げ、空を飛び続けるシン。

そうしてアスランの内戦はは泥沼に進み、その最中でシンを陥れた神崎の野望も進む。
シンの恋人涼子はシンの生を信じ、その影を追い求める。
内戦が終局に向かうとともに それらが対峙し、すれ違い、重なる。



面白いのは、極限状態にあるそれぞれの局面では個人の恋愛やプライド、生への枯渇が全面に押し出されるのだが、その地獄を作り出す人間のこと…戦争が起こった経緯やマフィア、経済といった背景が精緻なリアリティを以て描かれている。

その巧みな背景があるからこそ、それぞれのエピソードが持つ説得力は強く、たまにメチャクチャな設定の作戦や兵器やキャラクターが登場しても、読者は遺憾なくその中に感情を重ねることが出来るのである。


また、先に引用したような、生と死の間で飛び交うクサすぎるほどのアツい台詞まわしや詩は独特で、本書を楽しむのに欠かすことの出来ない要素だ。
一部紹介する。




このエリア88で
戦うパイロットたちに
墓標はない…
彼らが、その死に場所として
選ぶのは、ただ一個の地点座標だけ…
墜落地点…AR-16-B7
その男はボリス…
わが友、ボリス…

(第一巻 第二話 その男、ボリス)




戦争を続けていく
多くの兵士たちは、
自分がなぜ命を
かけてまで戦わねば
ならないかという
理由を納得する前に、
戦争が始まってしまう…

そして、それが意味のない
おろかな戦いだと
わかったところで
とめることはできない…
歴史の流れなんて
そんなものです…


(第三巻 第七話 カラスたちに鉛の弾を)





人には希望を…

男には勇気を…

女には愛を…

子供たちには
未来を…

老人たちには
安らぎを…

俺たちみたいな
カラスどもには
鉛の弾を…

与えるのさ…

(同上)




敵の屍の上にしか
成り立たない
己の命…

それが戦場…だ。

今日を生きたことが
うれしく…今日死ねな
かったことが哀しく…

罪を背負った分だけ
命の重さも感じる。

俺が砂漠で共に
戦った男たちは
すべて勇敢だった…

たった一つ…最初の
殺人をおかす時に、
自らの命を断つだけの
勇気を持てなかったのか
…ということを除いて…

(第十一巻 第十二話 女たちの戦い)






現代において、このように癖の強い作品は少なく思える。
そして癖が強いのにも関わらず非常に読みやすい作品となると更に少ない。
戦記ものは読まないが、エリア88なら読むという人も多いと聞く。

…戦争はひどいものだ。
だがそこで散る人間の命まで同様に否定されては切ない。
彼らの命が美しかったことを示すものがあってもいい…彼らの心にあったものが純粋な空への憧れや、恋人への想いや、家族愛や、仲間との時間や、豊かな故国であったことを示してくれるものが。


安住の地でぬくぬくと暮らす我々に未だ刺さり得るビス、エリア88。
一度くらいは地獄の一丁目を覗いてみてほしい。