一個の怪物が猪名川町を徘徊している。すなわちセンセーショナリズムの怪物である。

 

・・・歴史的名著の形だけを借り、しかもその先の文の趣旨は逆のところにあるのに申し訳ない思いがする。

 

しかし、このような「つかみ」を書きたくなるような記事を目にしたので。

《紅》が書いていたように、しばらくネットの閲覧からは遠ざかっていた。しかし、彼女が評論しようとしている記事を読んで愕然とした。

 

その人物のブログ記事はこう締めくくられている。

 

「それよりも、人を穢多非人扱いするのを一刻も早よ止めい。」

 

誤解を恐れずこの言葉をこう変換しよう。

 

「それよりも、人を黒人扱いするのを一刻も早よ止めい。」

 

多くの人は想定するだろうが、この変換後の言葉を発したのが白人だとしたら分かりやすいだろう。

では、あなたは違和感を覚えないだろうか? 原文の異様さに。

 

人々の間に根強くある(と思われる)差別意識におもねるセンセーショナリズムは忌避されなければいけないだろう。受動的立場での異議・意見を申し立てるにせよ、である。

意見のない人などいない。では、意見を持つあなたの立っている足元はどこに何に依存しているのか。

かの人物の足元とは?

 

 

また、攻撃するために、積極的にこのような言葉を使用する例をあげておく。

 

 

《藍》