サラリーマンおやじのさえずり小鳥っぷ(小旅行) -36ページ目

サラリーマンおやじのさえずり小鳥っぷ(小旅行)

サラリーマンおやじの休日ドライブと温泉巡り

朝一番で奥日光からいろは坂を越え日光エリアへ。日光市内から大谷川を渡ると日光山内に入ります。鬱蒼とした広大な森に点在する日光二社一寺は、昔から神仏習合という独自の信仰を育んできました。その絢爛な建築群、計103棟の建物と周囲の文化的自然景観も含めて「日光の社寺」として1999年に世界遺産に登録されています。

 

平成25年から始まった6年にも及ぶ平成の大修理が今年3月10日に完了し、新たな姿を表した今だからこそ訪れることにしたのです。狩野探幽をはじめとする希代の絵師たちが下絵を手掛けた、5173体にもおよぶ極彩色の彫刻が美しく、塗り替えられ、新たに命を吹き込まれています。8時開門を目指して東照宮大駐車場に車を停めて日光東照宮宝物館の前を過ぎ表参道にでます。杉並木に囲まれ、清らかな空気に包まれた東照宮へと続く参道です。日光東照宮は徳川家康を神格化(東照大権現)して祭る神社として元和3年(1617)に創建、3代将軍家光によって「寛永の大造替」が行われ現在のものとなりました。当時の最高水準の技術を用いた本殿・石の間・拝殿、陽明門などの8棟が国宝で34棟が重要文化財です。石鳥居の手前は遠近法を利用し、広く見せるように造られています。

 

 

広い境内の入口、東照宮の表玄関となる一の鳥居となる九州筑前の黒田長政が奉納した石鳥居をくぐります。高さ9m、柱間6.7m、柱の太さ3.6mもあり、江戸時代の石造りの鳥居の中では最大規模を誇り、京都の八坂神社、鎌倉の鶴岡八幡宮と並び日本三大石鳥居に数えられています。福岡から切り出した15個の石をはるばる日光まで運び、ここで積み上げら造営した際にできた継ぎ目があります。また後水尾天皇の書である東照大権現と書かれた扁額の大きさは畳一畳分もあります。

 

 

この石鳥居の手前中央には「照降石」と呼ばれる不思議な敷石があります。周囲の敷石と比べると特徴的で、バイアス状に白色と黒色の配色を持つ奇石です。雨が降る日には黒い部分が濃くなり、晴れの日には黒い部分が薄くなるといいます。

 

左手に五重塔を見て拝観券売り場のある入口に着きます。慶安3年(1650)、小浜藩主酒井忠勝が寄進し、後に消失したものの文政元年(1818)に再建されました。高さ36mで地震で揺れても倒れないように内部に心柱が吊り下がっています。

 

 

仏塔の五重塔は垂木が平行の和様が通例だが、東照宮の五重塔は初層から4層までは和様で、5層のみ垂木が放射線状の唐様になっています。また五重塔の初層の軒下には正面にあたる左面に寅(家康)卯(秀忠)辰(家光)で始まる十二支が並んでいます。

 

 

表門で拝観券を提示し中に進みます。左右に睨みをきかせた仁王像が立つため「仁王門」とも呼ばれています。門に施された獏、麒麟、象、虎など82の木彫りの彫刻も見ごたえあります。門の上にいる鼻の長い動物が象で脇に見えているのが獏、みな入口を守る霊獣で、聖域から一切の悪を遮断しています。

 

 

裏には左右に狛犬が立ちます。

 

 

表門の正面が下神庫、中神庫、上神庫を合わせた「三神庫」が建っています。特に上神庫の軒下に掲げられた像の彫刻は狩野探幽の作といわれます。

 

 

実物の像を見たことにない探幽が、想像で下絵を描いたという「想像の象」です。象を選んだのは、江戸時代の神庫の名称が御宝蔵で蔵と象の語呂合わせという説が有力とのこと。左側の象は毛がふさふさで尻尾が3つに分かれています。右側の象は目が三日月形で耳の付き方上から付いていてちょっと変です。

 


境内の玉石は、毎年5月の春季例大祭にそなえ、市民が栗石を1つずつ返してその下にあるゴミを取り除いています。江戸時代から続く「栗石返し」という行事です。

 

 

上神庫の向かいにあるのが「見ざる、言わざる、聞かざる」で有名な猿のトリオ“三猿”がある「神厩舎」です。神馬がお勤めする馬屋は、東照宮で唯一の漆が塗られていない素木造りです。

 

 

しかしながら神厩舎の長押の上に飾られているのが、猿の人生を描きながら人間の人生を諭しているといわれている、人の一生を表した8枚の猿の彫刻です。昔から猿は馬を守るといわれ、実際の猿の代りに猿の彫刻が彫られたといいます。三猿は全8枚で完結する話の2枚目で、幼少時代、悪いことには「見ざる、言わざる、聞かざる」という教育の重要性を表現しています。

 

 

いざ参拝に向かいますが先ずは「御水舎」で手と口を清めます。サイフォンの原理で山から水を汲み上げています。神社の境内に御手洗として独立した建物を構えたのは東照宮の御水舎が最初と言われています。

 

 

軒下の檜の一枚板に彫られた水の神様である飛龍の彫刻は必見です。岩を砕いて作られた水紋の青色も見事です。

 

 

唐銅鳥居の前は撮影スポットです。

 

 

最初の石段を上った左右の柵の足元にある彫刻は「飛び越えの獅子」といいます。柵を飛び越えて着地した瞬間の姿に見える獅子は柵を支える役目もになっています。

 

 

陽明門に上がる手前、左右に鼓楼と鐘楼がある石段横には、外国からの献上品が集められています。とりわけ目を引くのが、ろうそくを灯すと回転する八角形の灯籠「廻転灯籠」です。寛永13年(1636)オランダの東インド会社から贈られたもので、優美なフォルムに17世紀のヨーロッパの装飾様式がうかがえます。しかしながらよく見ると灯籠にあしらわれた葵紋が逆さになっていて外国製だから仕方ないと許されたのでしょうか。

 

 

右手にも灯籠が並びます。オランダから献上されたスタンド型の蓮灯籠は華やかなフォルムでヨーロッパの香りが漂います。

 


いよいよ44年ぶりに本来の輝きが復活した東照宮のシンボル的存在「陽明門」を間近に眺めます。500を超える彫刻が施された高さ11mの門は、江戸時代の工芸・装飾技術の粋が集約されています。一日中見ていても飽きないことから「日暮らしの門」とも呼ばれます。屋根の最上位には鬼瓦が恐ろしい表情で下を睨んでいます。邪悪なものが門の中に侵入しないように見張っています。

 

 

東照大権現の扁額の左右には、めでたい象徴の霊獣として有名な麒麟が彫られています。鱗がなく蹄の先が割れています。枡組の装飾には上段が龍、下段が息というミステリアスな霊獣が施されています。その下の白い彫刻は龍馬で体系は馬、顔は龍に似ているが2本のヒゲはない。馬と同じ蹄を持ちます。

 

 

上層の枡組の下には悠々と宙を舞う白木の龍の彫刻と左右に揃うのが馬のような蹄をもつ龍馬です。さらに中段の高欄には「唐子の知恵遊び」と呼ばれる、中国の子どもが竹馬やじゃんけん、鬼ごっこなど遊んでいる20の一連の彫刻があります。子どもがのびのびと遊べる平和な世の中への願いが込められています。正面中央が「司馬温公の瓶割」です。北宋の政治家、司馬温公の幼少期の逸話をモチーフに、命の尊さを説いています。

 

 

下段の枡組の最上段には、渦巻くたてがみが特徴的な唐獅子が施されていますが、陽明門に彫られた66体の唐獅子は口の開け方がすべて違います。向拝虹梁の上には中国の故事や逸話、儒教の聖賢・仙人を表した計22体の人物彫刻、孔子・周公、君子の四芸の図が並んでいます。

 

 

12本の柱のうち、門をくぐって左側の一本だけグリ紋と呼ばれる渦模様が下向きに彫られていて、わざと未完成のままにしているとされていてこれを「魔除けの逆柱」といいます。(写真の両側の柱のグリ紋を見比べてみてください)

 

 

廻廊は植物や鳥の彫刻が数多く施されています。南側に面した外壁にはバラや孔雀などの日本最大級の彫刻があります。

 

 

陽明門をくぐって左手には「神輿舎」があります。3基の神輿が納められた建物で中央が徳川家康公、右に豊臣秀吉、左が源頼朝のものといわれています。狩野派が描いたという『天女舞楽の図』は必見です。天女の絵の中では日本一の美しさと称されます。輿が出払った状態で絵の下で手を打つと天女のささやきのような音が聞こえるらしい。

 


神軒下には、色鮮やかな躍動感のある虎の彫刻が目に飛び込んできます。

 

 

右手には神楽殿から祈祷殿が続き回廊で結ばれています。写真では見えませんが、左側軒下には“吐綬鶏”という耳がある想像の鳥がいます。小鳥が親のためにエサを運んでくるといわれ、親孝行の鳥と言われています。

 

 

正面には将軍から大名のみが参拝できた本社の正門である国宝「唐門」があります。間口3m、奥行き2mと小規模だが611体もの彫刻が施されていて陽明門の508体より多い。東照宮で最も神聖な本社を守るために霊獣が目を光らせています。白い部分には、貝をすり潰した胡粉という塗料が使われています。

 

 

唐破風の屋根の頂上には夜を守る霊獣“恙(つづか)”、角や牙がない唐獅子の一種。足元が金輪で留められています。屋根の左右の端にいるのが昼を守る霊獣“龍”、逃げないようにヒレが切られています。梁の上に並んでいる白い人物の彫像は、“舜帝朝見の儀”で家康が尊敬した古代中国の皇帝である舜帝たちです。

それはその上中央の「許由と巣父」と共にこれらの王朝が交替する際に政権が能力のある者に委譲される禅譲の物語です。すなわち豊臣から徳川へと政権が禅譲されたことの主張です。

 

 

門の四脚には紫壇や黒壇を使い、寄木細工で作られたもので昇り龍、反対側には降龍がいます。また門柱と透弊の境にある鶴の彫刻は日本航空のマークにもなっています。唐門から左右に延びる本社を囲む全長160mの透塀、上の欄間には鳥や植物、下には波や水鳥の彫刻が見られます。

 

 

陽明門から左右に延びる廻廊の東側が東廻廊、奥宮へ続く石段の手前にあり、その入口である潜門上部には東照宮きっての人気者“眠り猫”があります、東照宮の中では唯一の猫の彫刻で、眠っているのもこの一体だけです。名匠・左甚五郎によって作られたとされています。猫の裏にはスズメが安心して遊んでいる姿が描かれていて猫と雀が共存する平和な世界を表しています。

 

 

石段の入口にある坂下門をlくぐって奥宮を目指しますが、江戸時代は将軍しか入れなかったとか。東照宮ではあの世、常世の入口でもあります。

 

 

杉に囲まれた神秘的な雰囲気が漂う石段は奥宮まで207段、徒歩約10分です。各段は一枚岩、柵も一枚の岩を彫って造られたもの。聖なる場所へと向かうパワースポットでもあります。

 

 

家康公の墓所でもある奥宮は、家康公の分骨された骨が納められた棺が納められている宝塔、黒漆仕上げの拝殿、鋳抜門から成ります。

 

 

鋳抜門は唐銅製で屋根、柱、壁などを鋳造し、それを組み立てたもの、扉以外は1つの鋳型で造られています。

 

 

願い事が叶うといわれている叶杉も!