自分のお盆休みも今日までである。そのため,今日がこの自分のバンドルーツを語るのは最後になる。
大学編・後半
3年生になった。2年生の間任されていた部長の任も解かれた。ちなみに当時の自分は現ギターのマスダに「クソ部長」と揶揄されるほどに体たらくだったことは明記しておこう。
3年生ともなると,先輩よりも後輩の方が多くなってくる。昨年度までは先輩におんぶにだっこで良かったが,今年からはそうはいかない。自分でバンドを考え,声を掛けてマネジメントしていかなければならないのだ。そこで自分はボーカルとして目をつけていた後輩のS氏と,新入生とのB氏共にバンドを結成する。定期演奏会を目指していたため,何をコピーするかでかなり勝負は決まる。自分は「BEN FOLDS FIVE」のコピバンをしようと持ち掛けた。S氏はキーボードはほぼ初心者であるが,二つ返事で承諾してくれた。新入生も(半ば強引に)承諾した。ここから自分がバンマスという初めての体験が進んでいく。
しかし,ここで問題が発生する。1年生のときに結成したピアノポップのバンドも時を同じくするころに再始動したのだ。絶対数が少ないピアノボーカルの3ピースバンドでどちらもベーシストは同じ。非難も出たが,漕ぎ出してしまった船は止まるわけにはいかないので,Benfoldsで得たものをもう片方でアウトプットしようというポジティブな考えに置き換えて活動を始めた。
Benfoldsについては技量は決して高くはないものの,充実した活動だった。メンバーもとても一生懸命練習してくれたし,自分自身も音のニュアンスに気を付けたり,ベースコーラスに挑戦したりした。コーラスについては自分は意図的に避けていた。中学時代から「音痴」という肩書がついて回っていたので,それを実力者ぞろいの軽音楽部で披露するのは躊躇われたのだ。しかし,後輩がいる以上しかも3人という少人数で避けるわけにもいかないので,コーラスのためだけの一人カラオケも敢行した。人生初の一人カラオケがコーラス練習というのもなんともシュールである。そんなそれぞれの頑張りの甲斐あってか,部内ライブに始まり,夏ライブ,オーディションライブと無事行うことができた。定期演奏会出演とはいかなかったが,予想以上の順位だった。部員からの激励のメッセージも随分ともらったこともよく覚えている。ちなみにオーディションライブでやった「One Dwarf and 200 Solemn Faces」のサビは未だにコピーできるし,この上昇系フレーズは前述のもう一つのバンドでも多用することになる。
余談だが,この翌年,自分以外の二人は新しいベースの子を引き入れてオリジナルバンドとして活動するようになる。少し切ない気持ちもあるが,それ以上に後輩のバンドライフの一つのきっかけとなったという意味ではとても誇ることのできるものだ感じた。
さぁ,もう一つのバンドの話をしよう。もう一つのバンドは1年時は「chocolatre」というピアノポップのバンドのコピーをしていた。その後1年の休養期間を経てオリジナルバンドとして再始動する。このバンドは少し特殊でドラム(男)が曲の大枠を作り,それをピアノボーカル(女)が歌うという大学生にとっては少し変わった構成のバンドである。それ故自分は曲作りに参加することが少ない。ベースのフレーズを作るときもピアノの低音と干渉しないような音作りやフレーズづくりが必要とされる。しかもピアノボーカルのピアノが通称「核弾頭」と呼ばれる超巨大なピアノで低音がガッツリ出る代物だったので,より自分の頭を悩ませた。今の自分でも明確にどうしたら良かったのかわからないのだから,無知中の無知だった当時の自分にとっては無理難題だっただろう。ブリッジミュートを利かせて弾いてみたり,弦を黒いフラットなものにしてみたり,反対にbenfolds的に歪ませてみたりと試行錯誤の連発だった。
バンドが転がっていくのも試行錯誤の連発だったのも印象深い。作り手と歌い手が違うこと,男女で認識が違うこと,3人しかいないこと,難しい面は多々あった。しかも多感な20代前半。能天気な自分でも無力感がすごかったのを覚えている。しかし,今まで違うところはとにかく曲を作ってライブをしたことだ。何とかオーディションライブまでたどり着いた。このオーディションライブで降ろした曲は良い評価をいただいていたが,定期演奏会には出られなかった。
この年は長く続いたバンドが二つあったが,それ以外のバンド活動も充実していた。本部活動はルールとして同時に組めるバンドは3つと決まっていた。そのため,3年生当時は長期政権のバンド2つ,短期政権(目先のライブ1本限定のバンド)1つという布陣を組んでいた。恐らくこの1年で計15バンドほど組んだ気がするが,その中でも印象深いものをいくつか。
ZA●ENBOYZ・・・言わずと知れたZAZENのコピーである。当時は今ほど向井秀徳氏への造詣は深くなかったが,このバンドで目覚めることとなる。リフマン,難しかったなぁ…。この頃もついついアグレッシブに動いてしまう癖を発動してしまい,先輩からは「何を弾いてもコピー元ではなく,ATになってしまうね」というコメントを頂いたのを覚えている。
te`・・・長野合宿の記念に後輩とインストをやろう!というテーマの元集まったはいいものの,中々やるバンドが決まらずに難航したのだが(T-SQUARE,ジミヘンなどが当時候補に挙がった)最終的にはtoeをやる先輩たちに対抗して下剋上を目指してte`をやることにした。向こうは4年生中心の実力派集団。こちらは2年生中心の若手チーム。勢いで押すしかないという気概の元,男だけというメンバー構成をいいことにスタジオ練習では長野の合宿スタジオで全裸になってやったのもいい思い出である。お披露目ライブではとにかく激情的になろうと努力し,自分は最終的にベースを弾かずにTシャツを破るというパフォーマンスに走った。その結果ベストバンド賞の3位ぐらに入賞した。その後卒業ライブでも再結成を果たすなど,印象深いバンドである。ちなみにこれで気をよくした自分は定期的に学生時代はTシャツ破りを敢行する。
アジカン・・・自分はアジカンが好きだ。それを象徴するように学生時代には1~4年生全学年でアジカンのコピーをどこかでしのたではないかと思っている。その中でも3年時は後輩3人をまとめつつ新歓ライブで披露し,地方のヤンキーのような新入生数名にガンつけられながら「センスレス」と「RE:RE:」をやったのもいい思い出である。ちなみにその地方のヤンキー二人は無事入部することとなる。紫のスーツ,怖かったなぁ…
このように,3年時には挑戦による課題と手ごたえを持ちつつ,最終学年へと突入する。
のだが,まさかの3000字というロングな1年になってしまったので,ここで一度記事を変える。