昨年度も似たようなタイトルで更新をした。お盆休みは時間があるため更新をするのは性なのだろう。
昨年度と変わったところは住む場所が変わったことと,家族が増えたことである。息子は早々に起きだして私の膝でうねうねしている。
先日ロックについてのツイートをした。そこにコメントを寄せてくれたakira氏の言葉から,ふと自分はいかにして音楽をやるようになったか思い返してみたら,ずいぶんと楽しくなってしまったので,まとめてみる。
黎明期(高校時代その1)
高校時代,自分は野球部だった。レギュラーだったわけではなく,十年に一度と揶揄されるレベルの下手くそだった。学生時代はそれを引きずり野球から距離を置いていたが,社会人になってから再びやるようになるのはまた別の話。
楽器自体は高校受験期に父親のアコギを引っ張り出してきたところから始めるが,ベース人生はというとs,高校1年のとき,幼馴染がエレキを買ったところから始まる。確かbunnyのレスポールモデルだったように思う。カラーはチェリーサンバースト。言わずと知れた(?)僕らのギターヒーロー喜多建介氏のモデルである。そこで自分も楽器が欲しいと思った。
しかし,問題がある。僕は歌が下手である。従ってギターボーカルは執れない。そしてどう考えてもギターソロをかっこよく弾く姿も想像できない。そこで目をつけたのがベースである。当時はストレイテナーやACIDMANなど,3ピースギターロックバンドが勢いを伸ばしていた。クールな佇まいのギターボーカルの横でゴリッゴリのベースをバッキバキの動きで弾き倒す日向さんや佐藤さんを見て,「これだ!」と思った。
そこで親に懇願し,1年の土下座期間を経て高2の夏,遂にgrecoのプレベタイプを手にする。ネット通販を当時から頻繁に使っていた父親はどこかわからない謎のサイトから購入していた。どうやら昭和の後期,日本で作られたものらしいということが調べたら発覚した。しかし,バンドを組もうにもつてがない。先にギターを購入した幼馴染は高校が違うため,会う時間が少ない。ましてや自分は当時自称進学校に通学しており,しかも高校野球をやっているため週6日は野球漬けという日々だったので,人も時間もなかったのだ。しかたなく友人から借りたアジカンやストレイテナーのバンドスコアの曲をひたすらにコピーしていた。
転機の一つ目となったのは,高2の冬。当時愛聴していたラジオ「SCHOOL OF LOCK!」が10代限定のロックフェスを開催するという旨だった。所謂「閃光ライオット」「未確認フェス」である。しかも,バンドメンバーがいなくても力のある人間同士がオーディションの終盤で即席のバンドを組むことができるというスペシャルな部門も当時はあった。そのため,自分は喜び勇んで曲を作った。このとき初めて自分はベースボーカルを執っている。「瞬間最大風速」というアジカンの羅針盤とアフターダークを足して10倍薄めたような駄作である。そして何の偶然か野球部のエースであった友人がギターを始めたということで急遽スカウトし,地元のスタジオでMDへの録音を敢行した。人生初の録音であったため,何がよくわからかったが,ひとまず音が入っていることに安心して発送した。
しばらく後,結果が届いた。なんと一次審査合格,そしてスタジオ審査である。まさかのことである。しかし,我々は甲子園に胸をときめかせる野球部員である。二次審査が練習と被っていないかにビクビクしていた。なんと合宿空けの休みの日と同じではないか。二人は安堵した。バットをベースとギターに持ち替えて名古屋へと降り立った。前日雨の中1回5失点という悪夢のような試合など嘘のような晴れ渡った空だった。会場はNAGOYA246スタジオ。今でこそかなりお世話になっている場所だが,三河の田舎から出てきたいがぐり頭の人間にとっては未知の土地である。地下鉄の構内にあるにも関わらず,ひどい迷子になってしまった自分たちは時間ギリギリにようやく会場入りした。思うに地上に出て星ヶ丘の大学街の方まで歩いてあのあたりをグルリと一周したのだろう。そんな状態の坊主二人は大変テンパっており,特に自分は間違えてギターアンプに突っ込んで演奏をするという始末。ほとんど記憶に残っていないが,恐らく散々だったのだろう。今にして思うと,オーディションのお偉い方々も使うアンプを教えてくれてもいいのに。もちろん結果は落選。しかしながら,一度合格したという自信は,何も報われなかった自分の野球人生を少しだけ違う方面への可能性を示してくれたものだと思う。ちなみに,この年は閃光ライオット初年度。かの有名なガリレオガリレイやねごと,brian the sunが会場を席巻した年である。後日購入したコンピレーションアルバムを聴いて「こりゃあ勝てっこないわ」と天を仰いだのもまたいい思い出である。
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高校時代だけでまとめてみようと思ったが,あまりに感情的になってしまったので,ここで中座。後半戦はまたお盆中に書く所存です。