安心サロンの子育て支援!・筑後市子育て応援暖の家 の掲示板!
みんなと同じが安心なのはなぜだろう、違っているとはみ出しているように感じてしまうのは、どうしてなのかを考えてみましょう。
幼い頃は子どもの感受性を大切にしようとします。
ところがもう少し大きくなると、「いつまでそんな子どもみたいなこと言ってるの」と知識としての植物の名前や成り立ちを覚えることのほうが大切だと言い始めます。
感受性を高め、個性をのばそうとしていたおとなたちは、その舌の根も乾かぬうちにやがて、みんなと同じように行動する子どもを見てなぜかほっとするようになります。
同じ制服を着せようとし、同じ持ち物にこだわらせようとします。
みんなと同じようにすることがいいのだと暗黙のうちに圧力をかけ始めるのです。
なぜか自分は自分なんだと言おうとする芽を、あえて許さないようにしてしまいます。
そして紙に書き込む正しい答えはたった一つだからそれにこだわりなさいと言い続けます。
制服にちょっと手を加えたり、靴下の色をかえてみたりといった精いっぱいの自己主張さえ、その裏にある自分らしさの迷いや模索について感じ取ってやるだけの、感受性を持たないおとなにとっては、淀やぶりであり、非行につながる重大事です。
個性の芽をちゃんと発信させてやらないから、チューブの端から中身がもれるように、ちっとも似合っていないかもしれない改造制服や、ちょっと違った靴下に自己主張をすることもあるのです。
子どものメッセージを感じ取ってあげようと私たちが言ったとき、「私は『かっこいいね』と言ってあげていますよ。
でも規則だからやめなさいと説得しています」と話してくれた中学の先生がいました。
たしかにいきなり校則違反だといきり立つ先生よりはあたりが柔らかいとは思いますが、なんだか前よりも気が重くなってしまったのです。
ほんとうはかっこいいなんて思ってはいない、ちょっとだけいい気持ちにさせて、規則に従わせようと聞こえたからです。
なぜ「みんなと同じ」からはみ出したくなるのか、そしてなぜみんなと同じのほうが、おとなの自分たちが安心するかについて少し困って欲しかったのに、この先生はあまり困っていなかったからです。
子どもにとって制服とはどんな意味を持ち、そのことをいっしょに考えていこうという、同じ目線が必要なのではないかと思っているのです。
自分で納得して「ここにいる」のと、「ここにいなさい」と言われてここにいるのでは、客観的な行動は同じであっても、心の受けとめ方は、自由な青空の下と牢獄ほどの差があるものです。
子どもたちはやがてみんなと同じにしていさえすればいいのだと無力感を感じ、やがてはみんなと同じがいいに慣れてしまうのかもしれません。
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