つらくてきびしい状況は変容する絶好のチャンス。


自分の感性を研ぎ澄まし、野生の本能を呼び覚ます。

生きるか死ぬかの状況に追い込まれたとき、本当の自分の力が発揮される。


そして、思考がシャープになるから、過去にとらわれたり、未来を憂いたりしている暇もなくなる。

今ここに意識がいやおうなしに立ち戻ることになる。


悩んでいるうちは余裕があるんだよね。


もちろん揺れたりするし、未来への不安や過去への執着などがときおり顔を出す。

でもそれは仕方ないよ。今までの思考の癖がすぐぬけるわけではないものね。


そんな自分もふんわりと優しく受け入れつつ、この再生の時をむだにしない。


そしてしなやかに乗り越えた先に私のように悩み苦しんで生きにくいと感じている人のためのサポートがしたい。


やっと、、、そう思えるようになってきた。


着実にひとつひとつやっていこう。








最近、深川不動堂によく行きます。

その帰りにフルータスhttp://www.frutas.jp/に寄って、桃のパフェを堪能。



桃って、以前は初夏の食べ物って感覚だったけれど、

近頃は色々な品種があって9月中ごろまで出回っているとのこと。


しばし至福の時・・・・



ここ最近で、経験から学んで言語化したことがあります。


私は夢中になったり感情的になると視野がせまくなり、とにかくその状況を押し通そうとする、

そんな癖があります。

その間に気が付くと、まわりの人を巻き込んで大切な時間をうばったり、高ぶった感情をぶつけて傷つけたり、、

結果、私の通ったところは嵐のあとのように荒れに荒れている。。。


もう、本当に改善したい!そう決心した今日この頃です。


そして心の中で落としどころを考えながら、ノートに書いて頭の中を整理していたところ、
ぴったりくる言葉がうかびました。


それは「モラル(常識)を守るという視点ではなく、この言動や行いによって、誰が幸せになるか?を問う」

ということです。


モラルや常識は時代や国によって変わりますから、それを軸に考えると、その時々で変わるのでいつもまでも軸が定まらず心も不安定になりがちです。


でも「誰が幸せになるか?」を軸にすると、実にシンプルでありながら普遍的な答えを導きだすことができるということに気づきました。

別の言い方をすれば、「このことによって誰かが不幸にならないか?」という問いになり、また「誰か」というのは「相手」や「家族や友人などの関係者」はもちろん「自分自身」も含まれます。

この「自分自身」というのがけっこう重要で、私は今まで「人のため、だれかのため」とどこか無理をしていた結果、自分をおざなりにしてしまい心にひずみができて、そのひずみで他の人や自分を傷つけてしまう。ということをしてきました。

心に無理があると、かならず色々なかたちで支障が出てきます。

私はそのひずみを「他者にむける」「自分を責める」などでよくない循環をつくっていたのです。


結局のところ、自分の幸せをおざなりにしたところで誰も幸せにならない、

それを身をもってまなびました。


これは仕事をするうえでも、友人関係でも、男女関係でも言えることだと思います。

とくに男女関係では、盲目になりがちですから、たとえば「倫理に反する関係」だとしたら

「この関係を続けることによって、誰かが不幸にならないか?」

を問うとおのずと答えが出てきます。


決して、そういった関係をジャッジするのではなく、まずは自分の心に問うてみる。


そうすると、必ず心の底からわきあがる答えが導きだされる、そんなふうにおもいます。


今、時代がうつりかわる大変革の時期と言われていますから、常識もモラルもどんどんと変化していくでしょう。

その流れにゆだねて且つ、自分らしく生きるには「幸せやワクワク」を軸にすることが大切になってくる、そう確信しています。


まずは自分自身の心の声を大切に。そう実感する今日この頃です。