主日の聖書 旧約聖書 出エジプト記20章1~17節 「十戒」 | 生き続けることば

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神はこれらすべての言葉を告げられた。1節 新共同訳)

 

今日の聖書箇所は有名な「十戒」です。

 

「十戒」という言葉は恐らくクリスチャンでない一般の人にも知られている言葉でしょう。

 

1956年に制作されたチャールトン・ヘストン主演の「十戒」は「スペクタクル巨編」として映画の歴史に残る作品の一つといえます。 

 

海の水が2つに割れてエジプト軍に追われたモーセと彼の率いるイスラエルの民が逃れて行く場面は特に有名ですね。

 

 

「十戒」の10の「戒め」は一つひとつを丁寧に見ていく必要がありますので、それらについては日を改めたいと思います。

 

「十戒」がモーセを通してイスラエルの民に与えられた場所はシナイ山です。

 

このシナイ山がどの山を指しているのか、ということについてはいくつか説があるようですが、いずれにしても大変に自然の厳しいシナイ半島にそびえる山です。

 

ユダヤ研究家の手島佑郎氏によると、、そこは

 

「真っ赤でしかも巨大な山塊が人を沈黙させる。それは、権威・重圧・威厳..とありとあらゆる最大級の掲揚を重ねさせる。同時に、人間の微力さと儚さをも想起させる。この山の前では文明文化さえも価値薄いものに見えて来る。」

 

ような場所でした。

 

 

そのような場所だったからこそ

 

「過去の誘惑を断絶させ、人間は何者であるかを考えさせるには、ここは最適の場所だった。」

 

ということになるのでしょう。

 

(参考: 手島佑郎『出エジプト記 混迷を超えるプロジェクト』ぎょうせい)