イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。(21節)
今朝の新約聖書箇所も「宮清め」と呼ばれる大変に有名な場面です。
エルサレムの神殿には異邦人も入場できる「異邦人の庭」という広場がありました。
この「異邦人の庭」では巡礼者が生贄として捧げる動物を売る証人や普段、流通しているローマの通貨を献金用のイスラエル通貨に替える両替商などが商売をしていました。
これらの商人たちが不当な利ザヤを稼いでいたのでイエスが怒った、というのが普通の解釈でしょう。
ただ、上に引用した聖書箇所を旧約聖書ゼカリヤ書に記されている次の言葉に照らしてみると少し様相が異なってきます。
「その日には、万軍の主の神殿にもはや商人はいなくなる。」(ゼカリヤ書14章21節)
つまり、商人たちが不当に利益を得ていたかどうかの問題では最早ありません。
今日の箇所の後半ではイエスがユダヤ人たちに言った
「この神殿を壊してみよ。三日で立て直してみせる。」(19節)
という言葉が記されています。
イエスの死と復活によって建てられる新しい神殿では生贄や両替を扱う商人は必要ではないということになるのでしょう。
