
がんばっているのに結果が出ない、
行動しているのに報われない、
そんなときは一度立ち止まる必要がある。
なぜなら私たちは
自分のものではない誰かの夢や
世間に魅せられた目的を追いかけることで
人生を完成させようとする生き方しか
知らなかったから。
けれども今多くの人が
自分らしく生きたいとか
自立して生きたいと立ち上がっても
なぜか上手くいかない場合があって、
それはやはり
他人の道を進もうとしているからなのです。
行動して結果を出すことや
ひたすら努力することに慣れてしまい、
立ち止まることが
退行するように感じるかもしれませんが、
立ち止まらなければ
一生他人の人生を生き続けることになる。
なんとなく「違う」と感じながら
必死に走った時期がある私ですが、
その真実に直面したとき、
それはただ
言いなりになっていただけだと気づき
決断することができました。
だからこそ、
努力をしても報われていない人のために
立ち止まることの意味を伝えたいと思っています。
その道が自分のものか他人のものか
見極めるシンプルな問いとは?
それは楽しいか?
それを心の底から納得しているか?
たったこれだけの問いですが、
全く正直になることができる問いです。
楽しければ自分に合っているし、
楽しくなければそれは違う。
ここでは具体的な方法論や工夫の話ではなく
道=プロセスのことだと思ってください。
その道が楽しくても
躓いたら工夫は必要になるし、
でもそれすらも楽しめるのが
自分の道を進んでいる証拠。
ときにはやりたくないことも
やる必要があって、
それを心の底から納得しているなら
それもまた自分の道を進んでいます。
もし抵抗したり嫌悪するなら、
その先に描いている目的が他人のものか
手に入れることの怖れがあるかでしょう。
楽しんでいると思い込むことや
抵抗を無視して強制的に進もうとしても
自分を痛めつけ苦しめるだけになります。
その根底にあるのは
周りと比べることで自分が置いていかれるという
不安や恐怖、
本当の自分を知ってしまったときの痛みと喜び、
自分を感じないようにさせる罠かもしれません。
自分の道を生きるって
他人の道を生きないという選択なので
そのときがきたら勇気と決断が求められる。
そんなタイミングにいると感じたら
お話をお聞かせくださいね。
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Hatsumi
