目の前の人が何を感じているかが敏感に読みとれてしまう人には二つのパターンがあり、

一つは元々の気質であること。

 

 

細胞にその性質が刻み込まれている人は、物心ついた頃から目に見えない何かを察知する能力に長けています。

 

 

その性質に苦しみながらも、いずれはそれを強みにして自分を活かすことができるでしょう。

 

 

問題なのは、後天的に敏感になってしまったパターンで、大人になるにつれて周りの目や評価を気にして自分を窮屈にしてしまっている人です。

 

 

敏感気質、HSP、などの言葉が流行っていますが、その言葉を盾にして本来の自分から逃げてる人は、自分の敏感気質を認めても解放感は得られずに苦しいままだと思います。

 

 

なぜなら、敏感気質ではないから。

 

 

本来は、解放的で他人の気持ちよりも自分の気持ちを優先して生きることが自分らしさであるのに、誰かの声をきっかけに他人の気持ちを察するように自分に強いたのです。

 

 

本音では「他人の気持ちはどうでもいい」と思っていたりするのに、そこに罪悪感を感じて自分らしくない振る舞いをしているために、どんどん生きづらくなっていく。

 

 

世間で流行っている言葉に逃げ込んでも本当の自分は知っているので、情報よりも自分の声と対峙することで自分を生きる道へシフトできます。

 

 

大事なことは、自分が自分の気持ちを感じられないと他人の気持ちも感じられないのです。

 

 

無理に察しようと感じようとしなくても、自分の気持ちに素直になる生き方ができれば、相手を感じることができます。

 

 

そこにあるのはコントロールのない自然体な目に見えない領域のコミュニケーションです。

 

 

細胞レベルで敏感な性質をもっているのか、自分らしくない習性として取り入れたのか、違いはあなたの身体が教えてくれています。

 

 

Hatsumi Yamamoto/Bodymaster

 

 

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