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女性パート モチベーション&目標管理専門 社会保険労務士

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心はどこにあるのでしょう?

すぐ胸を指差す人もいますし、
科学的には脳内にあると、
リアリズムに徹した答え方をされる方もいます。

でも、
こころのありかは体の外に存在するのだと私は思います。


今日は、私がそう思うようになった
とても印象的な文章やセリフを3つご紹介します。



あるブログより

こころで感じたことは目や口元で表します。
感激してする固い握手
悔しがってする地団駄など、
私たちは全身に こころがあるようです。
また、誰かのための贈り物にも
こころがこもっており、
物にも こころがあります。

つまり、こころと言うのは、特定の場所に留まっているわけでもなく、
そこらじゅうに遍満(へんまん)しているのだそうです。




漫画「BLEACH」より ※1
海燕 と るきあ の会話

「心はどこにあるのか?」

海燕の問いに、胸元を指し示す るきあ
しかし、海燕はこう言います。

「こころはここにあると俺は思う」
と言いながら海燕は
拳を彼と彼女の間の何もない空間に置く。
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漫画「BLEACH」でいう こころとは、
一人の人間の内部にあるものではなく、
人と人との中間に存在している。

つまり、こころとは、人と人とが繋がりあったときに生れ,
仲間と共有しあうものなのです。
そして、それは死んだ後も残った者が、
受け継いでいつまでも消えることはない悠久なるもの
となるのだそうです。



ドラマ「それでも、生きてゆく」より ※2

殺人犯にはこころがない。

では、人のこころは、どこにあるのか?
という疑問について洋貴は、双葉にこう言います。

「こころって、大好きだった人からもらうものだと思うんです。

僕は亜季から こころをもらいました。
父から こころをもらいました。
母から こころをもらいました。

人を好きになると、こころをもらえるんです。
それが こころなんですよね…

遠山さん、  あなたからももらいました。
ちゃんとあなたからもらったの、今、持っています。」



確かに科学的に言えば、心は頭蓋骨の内部にあるものです。
脳科学者は「心は脳が作り出すもの」と捉えています。
つまるところ、「心は脳の内的現象」です。

しかし、脳は外からの刺激によって、回路をどんどん変化させる器官です。
その刺激となる内的現象が、もっとも活発になり、
脳が発展的に活動をするときは、
自分以外の人間とのコミュニケーションが成立したときです。

孤独でいる老人は、そうでない人と比べ認知症になるリスクが
2倍になるという研究報告もあります。

コミュニケーションを拒否し人間関係を避けた状態でいると
人のこころは衰えるのです。


それは こころが、人とのつながりで磨かれなければ
いずれ錆び、朽ちてしまうものだからです。

こころは、一個体の体の中にあるというとらえ方は、
所詮人は一人であるというやけばちな割り切りだったり、
あきらめであり、
そして、どうも自己本位的な感じが
人の存在を脆弱にし、さみしく思えます。

やはり、
外とつながるこころの強さ
人とのつながりから生まれる強さを
誰もが信じられる世の中であってほしいものです。


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※1「BLEACH」
ひょんな出来事から悪霊・虚(ホロウ)の退治者(死神)
になってしまった高校生・黒崎一護と
その仲間達の活躍を描くアクションコミック(Wikipediaより)

※2「それでも、生きてゆく」
15年前に妹 亜季を少年に殺され、
その悲劇から未だ抜け出せない被害者家族 深見洋貴と
社会的に非難を受け続ける加害者家族で犯人の妹 遠山双葉の
心の交流を描いたドラマ
巧みな人間描写で哀しみと憎悪と怒りを
ストレートに描いた脚本が秀逸
深夜、目が覚めてウトウトしていたとき、
なんとなく点けたTVの番組に見入ってしまいました。

「独裁者が生まれた町」

フジテレビが制作した
鹿児島県阿久根市元市長、
竹原信一氏を追ったドキュメンタリーです。

「高度医療が身体障害者を無駄に生き残らせている」
といった過激なブログの内容が
マスコミで取り上げられ物議をかもしたあの竹原氏です。

改革の名のもとに行われた彼の独善的な政治手法が当時、地方議会の問題点として議論されました。


阿久根市民の平均年収が約200万円に対し、
市役所職員の平均年収が700万円という実態など
理不尽な官民格差を解消すべく、
2008年に市長に就任した竹原氏は改革に向けて動き出します。

議員定数を19人から9人に削減

市職員のボーナスを大幅削減
さらに職員の給与明細を一般公開する
など
エキセントリックともいえる改革案を次々と連発します。

ある日、竹原氏は、市職員の給与明細を市役所にまで掲示しました。
すると一人の職員が、おそらく市長への反発の意を込めての行動でしょう、
貼り出されていた明細を剥がしてしまいました。


怒った竹原氏は、その職員の行動に対し免職という処分で報いました。

この出来事以来、市役所内では竹原氏に
ものを言える人がいなくなりました。
そして、彼の改革政治が独裁色を帯びてきたのです。


免職について竹原氏の言い分は、
「社長のいうことが聞けない従業員が会社から
追放されることが民間では当たり前であるように、
公務員においてもトップの指示に従えない者は直ちに免職にされる」
でした。

確かに会社の使用者が労働者を解雇する権利は法律で保障されています。(期間の定めのない場合 民法627条)

しかし、無制限に認められる権利などどんな世界にも存在しません。
解雇についても同様、客観的に合理性があり社会通念上相当な理由がない限り解雇は無効とされます。(労働契約法16条)

つまり、トップの一方的な意思決定により
自由に解雇などできない、
それには誰もが納得できるような理由が必要なのです。

紙きれを剥がしたという理由が、
社会通念上相当な理由となるかどうかなど議論の余地はなく、
この阿久根市職員の解雇について
裁判で解雇無効の判断がなされております。

しかし、竹原氏は裁判所命令を完全に無視し続けました。
そして、意のままにならない議会やマスコミ及び世論から
顔をそむけ耳をふさぎました。
自分の独善的な考えを通す為に、災害時の喫緊の課題に対応するための制度「専決処分」を利用し勝手に自分の「改革案」を遂行しました。

竹原氏は、200円タクシーなど弱者に目を向けた
市政を行っており支持者は多かった。
奇抜な行動がマスコミに取り上げられ、
地方財政の問題について議論も高まりました。
そういった意味で彼を評価する向きもあります。

しかし、
弱者への援助するものすべてが正しいとするなら
貧困層を経済援助する中東のテロ組織だってよしとされます。

法律や反対勢力との話合いや
コンセンサスの過程を無視した善行は
所詮、蜃気楼であり、砂上の楼閣に過ぎません。
そんなものは、必ずどこからか風が吹き、
雲散霧消してしまうのです。

実際、リコールという阿久根市民の判断により
竹原氏の改革は2年半で途絶えました。

リコール後の選挙に敗北した独裁者は、
市民の出した答えについて
マスコミによる世論誘導と
それに惑わされた市民の愚かさと評し、
阿久根市政から姿を消しました。

どのような改革も
適正な手続きと
公平性、納得性がなければ
トイレの落書きも同然

まして、
「足手まといの障害者を生き残らせるな」というようなことを
堂々と公言する人間性の欠如した人物は、
どのような素晴らしい改革案をぶったところで、
どんなにカリスマ性があっても、
どんなに支持者がいようとも、

決して政治家としての
リーダーとしての資質など認められようが無いのです。

行動力や政治力は
政治家の十分条件

慈愛の心とまではいかなくとも、
人としての当然の思いやり

これはリーダーとして、
人としての必要条件なのです。

残念なことに、彼は十分条件しか持ち合わせていなかったのです。



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国民的司会者、島田紳助の引退騒動は実に衝撃的事件でした。

毎日テレビで彼を見かけない日はない程の人気を誇る
トップ芸人の輝かしいキャリアの
あまりに突然で、
あまりにあっけない幕切れに
些か震撼致しました。

暴力団との交流の告白、
彼と密接な関係にあったタレントたちの引退を惜しむ声、

記者会見にてそういった事実を
相変わらずの流麗な話術で連綿と語る彼の涙に共感を
禁じ得なかった視聴者もいらしたかもしれません。

しかし、一見潔く筋を通しました的な会見も
私には何か府に落ちなくてムカつきます。

この人の発言が、どうも内向きで自分本位な気がしてならないのです。
明らかに最も重要なことが抜け落ちている。


そういえば、
以前、これと似たようなことを感じたことがあります。

2006年のホリエモンの証券取引法違反事件

毎日のようにテレビで記者会見の映像が流れ、
その中でホリエモンが一番多く口にしたワードは、
「株主」

自社証券に関する事件なので当然といえば当然なのですが、
もっと優先して意識しなくてはならない存在がビジネスにはあります。


ホリエモンにしても島田紳助にしても
両者の発言に共通して欠落していたのは、

「お客様」

という言葉です。

すべてのビジネスにおいて、
あらゆる成功の最大の貢献者は

「顧客」

です。

ライブドアだってユーザーがいなければ
1円だって儲けることができなかったのです。

大きな問題を起こし、世間を騒がせ、
お客様に対して一言のお詫びもなしに、何を完結できましょう。


紳助は会見中、先輩や後輩など、自分に好意的な人の名前だけを上げ連ね、
自分の周囲だけの世界で話を完結させています。

しかし、いったい、誰のおかげでこれまで表舞台で華やかに振舞うことができたのでしょう?

視聴者やファンがいたからこそのテッペンでしょう。
決して、さんまが認めてくれたからではありません。

お客様あってのビジネスという
根本的に最も重要な意識が欠けている。


自分本位になり過ぎて、自分の都合でルールを捻じ曲げての不祥事。
その上、自分のTV番組を楽しみにしてくれているお客様をないがしろにするような人物に、
彼にどんなに才能があっても、
たとえ誰かが望んだとしても、
彼が顧客への考えを改めない限り、軽々しく復帰などという言葉が現れてきて欲しくないものです。



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