女性パート モチベーション&目標管理専門 社会保険労務士 -11ページ目

女性パート モチベーション&目標管理専門 社会保険労務士

経営者・従業員・コンサルタントが三位一体となり共に成長していく労務コンサルティング

最近、街角を歩いていますと、至る所で学生らしき若者中心に募金活動をしている光景が目に入ります。

先日東北地方を襲った大震災は実に痛ましい被害を東日本の方々に及ぼしました。
震災直後のマスコミ報道によって
津波が家や車が押し流している衝撃的な光景や
突然の悲劇に泣きむせぶ人々の映像が
日本中の人々の目に入り、多くの方がショックを受けられたことと思います。

それにより被災者の方たちに何かしてあげたいという気持ちを持つことは自然なことだと思いますし、
それをすぐ行動に移すことは大変立派なことだと思います。


しかし、そういう被災者への募金による支援について「感傷的」とか「ちょっと違う」といった
冷めた意見も見受けられます。

そのようなお金さえ出せば的な募金行為はどうも偽善的に見えてしまう、
またはそういった行為に安易さ、あるいは当事者でない無責任さといった
穿った見方をしてしまうのかもしれません。



無責任とまで言ってしまうと、
真剣に募金支援をと思い、行動していらっしゃる方にはちょっと気の毒です。


なぜ冷めた見方をする方には募金支援活動が否定的に見えてしまうのでしょうか?

おそらく否定する人達は
募金という行為の中に施しによる傲慢さを疑い、感じてしまうのかもしれません。

果たして施しと支援の違いって何なのでしょう?

私は募金などするときには
困っている人に何かの助けをしたいという気持ちとともに
これは自分のための課題のようなものとも感じております。
マザーテレサの言葉にこのような名言がございます。

『貧しい人たちは、私たちが彼らに与えるよりはるかに多くを、私たちに与えてくれます。』

被災者の方たちにとっては
自分たちが私たちに何かを与えてるというつもりもないでしょうし、
むしろ家族や財産を失った苦痛や悲しみを課題なんて
不謹慎甚だしいとも受け取られるかもしれません。
でも私が義捐金を送るにしても、支援するにしても
その根底にあるのは
厳しくつらい現実の中で彼らが頑張って生きている、
という心震わす事実です。
そのような気持ちを与えられたからこそ応援したいと思うのです。

だからこれは彼らから与えられたことに対する
お返しするという課題だと思っております。

そして一方的に「あげる」のではなく
ともに乗り越えていく
それによりみんなで幸福を勝ち取る。
そう考えたとき、
これはみんなで乗り越えて、
その越えた先に震災前より大きなハッピーがある
「課題」なのではないかと思うのです。

そんな気持ちが支援においてはまず、ありきだと私は思っております。
先日、3月9日に
株式会社アドプランナー様の御依頼で
助成金講習会の講師を務めさせていただきました。
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採用に関する助成金の受給額、支給要件など
複雑な助成金の制度について
ケーススタディー形式で
できるだけわかりやすく解説いたしました。
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今年度は3年以内既卒者(大学等を卒業してから3年以内の卒業生)を
雇用したときに得られる期間限定の助成金がございます。

この講習会での学習により
人材採用を検討されているより多くの経営者様に助成金制度が認知され
助成金の活用が促進されることとなれば幸甚です。

今世間を賑わしている
入試問題ネット流出事件について世間では
19歳受験生の不届きな性根とか
学校側の不正防止策の甘さとか
IT技術発達に対する認識の甘さとか
個人的資質や組織または
社会の認識の問題としている意見が
多く見受けられますが
私はこの事件を
もっと別なところに視点を置いて
深堀してみたいと思います。

私はこの事件の根幹は
受験をベースにした
教育の考え方そのものにあると思います。


19歳受験生は全国模試で
成績6位を取るほど優秀な受験生でした。
合格圏内の実力を持っているというのに
多くの人がなぜ
あのような愚かな不正行為に及んだのかと
首をかしげております。

でも私はもっと不思議に思うことがあります。

それはYahoo知恵袋で
19歳受験生の質問に答えた人についてです。

状況からみて知恵袋の回答者は
今回の不正行為とは無関係であることは
間違いないと思います。

そんな無関係なアカの他人が
なぜ京都大学のような難関大の入試問題の質問に
わずか十数分で回答したのでしょう?

このことを疑問に感じている人は
あまりいらっしゃいません。

しかし考えてみてください。
自分の生活に何の関わりもないのに
京大入試の難問回答に取り組むなんて
ハッキリ言って労力の無駄だと思いませんか?

単なる暇人か
自己顕示欲に囚われている人だからと
単純に片付けてしまえばそれまでです。

でも短時間で京都大学の数学の問題を解くなんて
単なる思いつきや暇つぶしでできることではないと思います。
(もちろんYahoo回答者は参考書か辞書を駆使して答えたかも知れませんが
それでも京大の数学問題をすべて正解することはかなり困難なことです)

正しい答えを自分で考え答えれば京都大学に入学でき、
前途洋洋たる人生が待っているはずの人が考えずに、
答えたところで何の利益もない人が考え、そして正解を答えた。

いったい何故こんなことが起きるのしょう?不思議です。


かつてマイクロソフトはプロのライターや編集者に依頼し
多額の報酬を支払いMSNエンカルタという電子百科事典を作りました。
しかし残念ながらこの百科事典、2009年にサービスを停止しました。

ネット上の百科事典といえば、すぐに思いつくのは
ウィキペディアだと思います。
こちらは今や270の言語で
1300万を超える項目を要する世界最大規模の百科事典。

このウィキペディアの記事作成には一切報酬は支払われません。
執筆者は皆ボランティアです。

それでもウィキペディアは世界最大規模にまで発展したわけですが、
どうでしょう?
今回の事件における不正受験生とYahoo回答者
と関係性が似ていると思いませんか?


19歳受験生はエリート人生に乗れるかどうかの瀬戸際でした。
受験に成功すれば一流大学に入り、
一流の就職によって
将来多額の報酬を得られるポジションに
立てる可能性がかなり高まります。

しかしYahoo回答者さんは
現在どのような社会的地位にいらっしゃる方かはわかりませんが、
知恵袋に正解を書き込んだところで何の報酬も利益も得られません。
(Yahooのポイントをもらっていたようですがそんなものは微々たるものです)

恐らく彼は何の欲もなく、
ただ知的好奇心でもって京大入試問題に取り組んだのだと思います。

本来、人のやる気というものは報酬によって引き出すことは難しいのです。

むしろ報酬とは無関係な立場にあり、知的好奇心や
人助け、社会的貢献といった人間性に根差した動悸によってこそ
人は自主的積極的に努力をするのではないかと思います。

今日の受験を目的とした教育においては学生に
勉強をさせる動機づけは将来の報酬に依拠したものです。

しかし、そんなものは学問に対する知的好奇心とは無縁であり。
本当の意味での学力向上には繋がらないのではないでしょうか?

人のやる気スイッチは
そのような目の前にぶら下げた人参では押せないのです。


自発的な知的好奇心による本当の意味での学力は
ウィキペディアのような大きな成果を生み出す可能性があると思います。

しかし今日の日本社会においてはそのような
学生の生きたやる気を引き出す努力など
時間と労力の浪費ととらえられ無関心であり、
やる気など学生本人の自己責任であると決めつけております。

でも私は思うのです。
利益によるインセンティブだけが
人の努力する動機に作用するということは結局幻想なのではないか?

そして社会の根幹たる教育が本来の学ぶ力ではなく
報酬による動機づけに頼っていることが
実は今日の日本が閉塞社会たる大きな要因となっているのではないかと。

今回の事件の本質はそんなところにあるように思えてなりません。