紳助の突然の引退、驚きましたね。
私も”前日まで24時間テレビに出てたのになぜ?”と、
俄かには信じられませんでした。
記者会見の中での紳助の言葉には、
「悪いことしてるとか、これはいけないとか意識はなかった」
「問題ない、違反じゃないという意識であった」
「僕の中ではセーフだ」
「僕の中ではこの程度なんですよ」
と、なんだか言い訳がましいコメントが多く含まれていました。
暴力団と関係を持つことを、
社会的に影響力のある人が反社会的な存在を少なかれ肯定しているという事実を、少々軽く見ていた節があるようですが、
なぜ、彼はルールを自分基準で捻じ曲げるようなことをしてしまったのでしょうか?
アメリカの心理学者のレオン・フェスティンガーによると
こういうのを認知的不協和というのだそうです。
例えば、
禁煙を成功させる人の心の動きは、
「たばこは体に良くない。だからたばこをやめる」となります。
しかし、
禁煙ができない人の言動は、
「たばこを吸う人でも吸わない人より長生きする人もいる。だから吸っても大丈夫」と、
理由を変化させて心理的に感じる
(タバコは体に悪い。でも吸いたいという)
矛盾を無意識、意識的に解消しようとします。
あの紳助の行いも
「暴力団と関わるのは悪い。だから関わらない」
ではなく、
「でも、暴力団の中にもいい人がいる」
といった、歪んだ矛盾解消による
認知的不協和の結果だったのです。
そして案外、企業の労務管理においても、
こういった認知的不協和があるのではないでしょうか。
「サービス残業は良くない」
「年次有給休暇を与えなければ労働基準法違反」
でも、
「法律をきっちり守っていては企業は成りたたない」
「ウチだけじゃない。みんなやっている」
といった理由を変化させて自己矛盾を解消しているなんてこと
が多々ありそうです。
しかし、いざ従業員が過労死したとか未払い賃金を請求されたとかになってからでは後の祭り。
紳助のように自らに最も重い罰を科さなければならないことになっては、泣くに泣けません。
人事労務オフィストリニティ