今日本中で出現する善意のタイガーマスク
あの伝説のプロレス漫画タイガーマスクの主人公 伊達直人を名乗り養護施設の身寄りのない子供たちにランドセル等をプレゼントするという出来事が全国各地で起こり話題になっております。
実にいいお話です。殺伐とした世相になんとも素敵な現象です。
でも何故ほとんど贈り物がランドセルなんでしょうね?
なにか子供がもっと喜びそうなものが他にもありそうな気がします。
あるタレントが「ランドセルなんかより図書券のほうがいい」とTV番組で発言していたそうですが
私もなぜランドセルなのかと最初は疑問に思いました。
というのも私はランドセルというものを殆ど使ったことがありません。
大きくてかさばり、背負った時の窮屈感から1カ月ぐらいで手提げかばんで通学し始め、祖父母に贈られたランドセルは押し入れの中にしまわれてしまいました。
だからこのタイガーマスクさん達のランドセルへの思い入れが私的にはイマイチわからない。
で、ちょっと考えてみました。
もし自分だけランドセルがなかったら
どうなってたのか?
自分が誰からも小学校入学のお祝いの言葉すらかけてもらえない境遇であったなら、どんな心情となるでしょう?
おそらく、
これは子供心にこの上なく切なくさびしい状況。
実はランドセルが自分だけないということは子供にとって
私達が思っている以上に重く悲しい現実なのではないのはないでしょうか?
ランドセルがあるということはそれを買ってくれた親か親戚がいるということです。
つまり自分が小学校に上がったことを祝福してくれる人が身近にいるわけです。
そして小学校は子供が初めて社会との関わりを持つ場であり、
その最初の入り口である小学校入学において
ランドセルを誰も自分に贈ってくれず
誰も喜んでくれる人が身近にいない惨めな現実。
そこには自分は端っから社会から拒絶されているのではないかという感覚を
無意識に心に刻みつけられるという
子供心に残酷な事実があるのではないかと思ったのです。
養護施設の子供の進学率は高校では98.5%と一般家庭の子供と殆ど変りませんが
大学進学となると18.2%と極端に下がります。
今や高校卒業生の7割が大学進学するという時代。身寄りがないということで
将来多くの子が学歴の上のハンディキャップを背負わされることになります。
このタイガーマスク運動はそんな子供達に新一年生となり、
これから社会に関わっていく事を祝福してくれる人が
世の中にいるということを実感させる
お金や物以上の素晴らしい精神的貢献なのではないかと思います。