3 ターニング・ポイント

    ―閃光の中で


2048年 DDS106〈ふるたか〉

 

 どうしてこんなことに―。火星から脱出し、月面基地へ進路をとる航宙護衛艦〈ふるたか〉の自室で、海自のものと変わらない群青色の作業服を着た黛涼子は答えのない問いを巡らせていた。宇宙戦争の勃発とそれに伴う国連軍の編成などという事態は、たやすく受け入れられるものではない。まして、敵である「異邦人」の第一発見者は、ほかならぬ彼女なのだ。整理をつけろというほうが酷である。

 

 未だ正体不明の敵、「異邦人」。分かっているのは、高い生命力を持つこと。高速移動し、熱源追尾式の赤色光線を放って攻撃してくること。時にいくつかの個体が合体し、自爆攻撃を敢行すること。小型と大型のものに大別され、大型のものが小型のものにとっての母艦的役割を果たしていること。これだけだ。現在、火星全土は彼らの手中にある。

 

 彼らに対し国連宇宙軍は、十分とは言えない航宙戦闘艦と宇宙戦闘・攻撃機で対抗しているのが現状だ。涼子が乗り組む〈ふるたか〉は全長150メートルの核融合駆動であり、先端が窄んだ六角形の船体に、主砲として5インチ光線砲を連装2基4門備えている。このほかに、近接防御火器システムとして20ミリ光線機関砲があるほか、誘導ミサイルやチャフ発射機などの実弾兵器もある。実弾兵器は本来、高速機動下で行われる宇宙戦闘では不向きであると考えられていたが、大気圏内での運用を考えて ― より、あけすけに言えば、地球上で「普通」の戦争が起こった時にも使えるように搭載されているものだ。

 

涼子はこの〈ふるたか〉の第1分隊―砲雷科に属していたが、正規の要員が火星で戦死してしまったがために、主砲の射撃管制員―最終的に大砲をぶっ放す係を務めている。確かに砲雷科は護衛艦ヒエラルキーのトップに君臨する花形部署であり、彼女も望んでいたことなのだが、こんなにも早く血統に忠実な仕事が回ってくるとは想定していなかった。

 

 ― これじゃ地球に帰れないどころか、学校も

      うやむやにされてそのまま配属、テキトーに       卒業扱いだな。

 

 彼女ら高等工科学校の見習い3曹たちの間では、そんな噂が立ち、そしてそれは、まったくの事実となった。「異邦人」を初めて目撃したということで、涼子が護衛隊群司令部に出向いた際、高等工科学校を繰り上げ卒業とみなし、正規の3曹とする。という辞令を受け取ったのだ。そういう経緯で、欠員の出てしまった〈ふるたか〉の射管員を務めている。

 無論、主砲の射管員とは言え、常に彼女がトリガーを握っているわけではない。現在〈ふるたか〉では3直制 ― 乗組員の3分の1が12時間交代で勤務する― がとられていて、今は非番の時間であった。部屋に備え付けられた時計を見ると、まだ時間の余裕はあった。が、涼子は自室で閉じこもっているのも精神衛生上よろしくないと思い、CICに向かうべく外に出た。

 

CICに ― とは言っても、航宙戦闘艦にとっては艦橋と同義である。艦橋というのは英語のbridgeの訳語であり、なぜ橋と呼ばれるかといえば、明治期の艦艇に備え付けられていたそれが、横に長い格好をしていて橋らしく見えたからである。

 

 ネルソンや東郷の時代が過ぎ、第二次大戦期に突入しても、航海及び戦闘の指揮を司るその重要性は不変であり、艦艇の外見面からいえば、戦闘艦を判別する際の重要なアイコンとして、機能美の象徴であり続けた。

 

 しかし、戦後の急速な航空機・ミサイル技術の発達によって、肉眼による戦闘指揮は不可能になり、そういう時代の潮流によって急速に開発が進んだのがCIC―戦闘情報指揮所であった。デジタル技術の粋を集めた様々な機器に埋め尽くされたその場所は、超長距離対水上・対地戦闘に不可欠であり、艦橋は実質的に専ら航海指揮を行う場所となった。

 

 そして現在―。 なぜ航宙戦闘艦にとっては艦橋と同義なのか? それは、宇宙における艦船の航海は、必要情報の大部分がデジタル情報によりもたらされ、有視界による情報はなかなか必要とされないからである。

 

「よお黛、これからか?」

 

艦橋へ向かう涼子に、一人の男が声をかけてきた。軍人らしからぬ、にやにや笑いをしている。

 

「あんたも?」

 

 彼女は顔は向けず、目だけ彼の方にやって短くそう言った。

 

「ああ、そだよ」

 

 彼 ― 大西翔3曹は後手で頭を掻きつつそう言った。彼も涼子と同じ身の上だ。軽薄そうに見えて、意外と優秀なのである。涼子は基本的に男子のことを阿呆の塊としかとらえられない女だったが、彼についてはそういう評価をしていなかった。飄々としているがやるときはやる男 ―。そう思っていた。そうでなければ今こうして涼子と話すことも無いのだから。

 

「まあ、せいぜい死なない程度のちゃんとしたお仕事してよね。つけが回ってくるのは私なんだから」

 

彼は砲の整備を担当する射撃員である。涼子が安心して大砲を撃てるようにするのが彼の仕事であった。

 

「そういえば聞いたかよ黛、例の宇宙人襲来で航宙艦が大量増産されてるだろ?人手不足で俺たちみたいな〈宙自第1世代〉の自衛官が優先的に艦長にされるらしいぜ」

 

― 冗談じゃない。という口ぶりだ。ちなみに、

  〈宙自第1世代〉とは、航宙戦闘を入隊時

     から学んだ者のことである。

 

「普通ならあり得ないけど、何分今は戦時だからね。何が起こるか分かんないよ」

 

 涼子は楽しげな笑みを浮かべつつ、そう言った。

 

「俺には自信がないよ、お前と違って」

 

「私だって自信はない。だけどやらなくちゃいけないならやる」

 

「そうだ、それが俺たちだよな」

 

 翔は微笑み返した。涼子も笑う。

 

「まあ、お互い死なない程度に職分を全うしましょ?」

 

 涼子は素直に彼の無事を祈っているのに、いざ口に出してみると少しひねくれたように聞こえる。

 ―これが彼女の損なところだった。