#01 気だるいひねくれ者とサイレント・ガール

「高校なんて気だるい場所に来たのが間違いだったかな…」

ぽつりとこぼした言葉は、形もなく、一瞬で空気と混ざりあって消えていく。

たぶん、誰もオレの憂鬱な気分を察することはできないだろう。
というか、今のひとりごとだって誰も聞いちゃいない。

普通なら胸が高鳴ってもおかしくない日のはずだが、オレ、日高祐一はこの日を心底嫌っていた。

今日は高校の入学式。

人によっては新生活のスタートにもなりえる記念日だが、オレは、どうもこの浮かれた空気の中にある息苦しさが昔から嫌いだった。

たぶん、兄貴もそれで…。

…そんなことを考えていると、ほら、やっぱり聞こえてきた。

「…そういや、今回の新入生のなかに、あの日高の弟がいるんだろ?」

「そうらしいな。あいつは金髪だからすぐ分かるけど、弟は黒髪だな。こっから見てる限り、そんなグレてるやつはいなさそうだ」

おそらく、2年生の先輩たちだ。

この際だから、はっきり言おう。

オレの兄、日高達哉はこの高校(この高校は一部に正義のヤンキーが存在している。風紀委員だけでは対処しきれない不良に対処するのが目的だ)最強とまで言われたヤンキーだったのだ。

だから、ある意味、兄貴を知っている世代である先輩たちから、その弟であるオレにも好奇の目が向けられるのは、当然のことなのである。

それに息苦しさを感じているのかと言われれば、それも一理あるが、オレが感じている息苦しさはそこから来たものではなく、人間関係の重さが息苦しさの原因だ。

友達付き合いが苦手なわけでもないが、はっきり言って、オレは小中と受けてきたいじめやら理不尽やらのせいでグレてしまった。

つまりは、現実というものをまともに受け止められず、消化できずに燻った闇みたいなものがこじれて、他人のことを理解せずに、自己中な考えだけを押しつけてくるやつを、暴力でねじ伏せていく、一種、反逆的な感情性のサディスティック(リビドーは抜きにして)が芽生えたのである。

そんなオレだから、おそらくは、兄貴と同じように『最強のヤンキー』として、裏では名を馳せてしまうことになるだろう。

そうして、憂鬱な気分を吐き出すようにため息をついたとき、オレは隣の席にいた、ある女子に肩をたたかれた。

なんとなく狂気の沙汰のなかにあった思考を一気に引き戻されて、オレは我に返り、その女子の方を向くと、いきなり、スマホの画面が目に入った。

『気分でも悪いんですか?』

心配そうに、彼女はオレを見て首をかしげ、彼女のショートカットの髪が、少しだけ、不安げに揺れた。

「ハハッ…、ありがとう。気にしないで、少し、自分にうんざりしてるだけなんだ」

彼女の問いに、そう笑顔で返すと、慌てた様子で彼女の母親らしき人が、後ろからバタバタとやって来て、開口一番こう言った。

「こら、いきなり話しかけない!!また引かれちゃうじゃない!!」

そうして母親が、なにも悪くないはずの彼女の頭をはたこうとするのを、瞬発力で止めて、

「いやいや、お母さん、この子はなにも悪くないですよ!オレのこと心配してくれたんです」

と言うと、母親は顔を赤くした。

「…あら、そうなの。それにしても、ごめんなさい、びっくりしたでしょう?初対面の子といきなりスマホで会話だなんて」

実はこの子、極度の人見知りで、会話がほとんどスマホ上でなんです…などと、そのあと申し訳なさそうに語り始めた母親のことはどうでもよく、オレはそれをうつむいて聞いている彼女に対して抱いたある印象のことが、気になって仕方がなかった。

…こいつ、オレと同じ目をしてる…。

ある部分で、人を信じられなくなって、その感情のやり場に困っているような、そんな目。

うつむいて母親の声を聞いている彼女の目は、いつも鏡で見るオレの目と、よく似ていたのだ。


しばらくして始まった入学式は、不安になるほどヨボヨボの校長挨拶をはじめとして淀みなく進んでいき、なんの問題もなく終了した。

そのあと、クラスでの記念写真も撮り終わり、「さて、帰るか…」とつぶやいて、帰ろうとすると、また誰かに肩をたたかれた。

後ろを振り向くと、さっきの彼女だった。

またスマホを顔の前に出して、なにか聞こうとしているみたいだ。

さっきと同じように、画面をのぞき込むと、こう書いてあった。

『同じクラスの小鳥遊(たかなし)さくらです。よかったら、仲良くしてください』

スマホの向こうの彼女の顔は、笑っていた。

オレは、その言葉に声で返そうとしたが、あることを思って、カバンから自分のスマホを取りだして、一言、

「LINEやってるかな?その方がお互い楽だろうし」

そう言うと、彼女も、笑顔で大きくうなずいた。

…目のことは相変わらず気になっていたが、気のせいかもしれなかったし、あまり気にするのもどうか…。

…よし、頭の片隅に置いておく程度にしておこう。

LINEのQRを読み取って、タップして小鳥遊のLINEを追加すると、即、スタンプが送られてきた。

「ハハッ、なんだこのスタンプ」

そう言うと、彼女は恥ずかしそうに笑って、頭をかいた。


そのあと、すぐに、たぶん何十センチ単位の近さにいるはずの彼女に、そのスタンプに返すメッセを打って、送った。

《日高です!オレのことは祐一でいいよ。話しにくいこととか、雑談とか、何でも送ってきてくれてOKだから!》

彼女は、満面の笑みでうなずき、メッセを返してきた。

『じゃあ、あたしのこともさくらって呼んでくれていいよ~!いっぱい色んなこと話したいな!』

…こうして、4月の憂鬱だった日の1ページに、小鳥遊さくらという、少しだけ不思議な同級生は、オレのなかに、ある種、鮮烈な印象を残していった。



…このあと、オレと小鳥遊の関係性は予想もつかぬほどに目まぐるしく変化していくことになるのだが、そこにはやはり、理不尽やわがままが作り出した淀みが付きまとうのだった。

…これだから、世の中は。
(つづく)