05 アラクレ者とその恋人と
オレは、夕暮れの街を走って、とある喫茶店にたどり着いた。
その人との待ち合わせは、昔から、いつもこの喫茶店の一番隅の窓際のテーブル。
連絡はしてあるが、まだ来てないらしい。
オレはそこに腰を下ろして、コーヒーを頼んだ。
数分後、
「なに、あんたから連絡とってくるなんて珍しいじゃん」
などと、オレと同じ制服姿で、手をひらひらさせてやってきたのは、同学年の、片倉琴音(かたくら・ことね)。
名前と顔とスタイルだけ見てしまえば、かわいいのは間違いないが、これでも、小さい頃から、かなり喧嘩には強く、中学時代は、オレと兄貴、それにコイツの3人が荒くれ者の代表格となるほどだった。
そんな、見るからに危なそうなやつを集めて、オレが何をする気なのか。
オレは、コーヒーを飲みながら、それを琴音にゆっくりと切り出した。
「…なぁ、琴音」
「ん?」
「…もし、下着姿をスマホで撮られたら、どう思う?」
「は!?いきなり何の話!?」
「いいから答えてくれ。頼み事に直結してるんだ」
彼女がうろたえたのも無理はなかったが、まずはこの話を聞いてみたかった。
…小鳥遊が泣くほど辛かったものを、ものをズバズバ言ってしまえる琴音なら、どう思うかを。
「んー…、とりあえず殺したくなるな」
…あ、コイツなら本気で殺りかねないわ。
…でも、好都合だ。
小鳥遊も、少なからずそういう風に思っているのは、これではっきりした。
「でも、それが頼み事に直結してるって、どういうこと?」
「それが―」
そして、オレは、いよいよ核心へと話を進めた。
「―ってわけなんだよ」
「なるほどね。…じゃあ、あんたはその小鳥遊って女の子が受けてるいじめを、どうにかしてあげたいわけだ?」
オレがその言葉にうなずくと、琴音は、あきれたように笑って言った。
「…相変わらず、あんたもお人好しだね。昔、あんたも茅野ちゃんに救われたから?」
「…まあ、これは小鳥遊を救うと同時に、茅野への罪滅ぼしでもあるかもな。…オレのエゴには違いねぇよ」
琴音の問いにそう返して、オレはまたコーヒーを口に入れた。
茅野つばさ。
オレの小中の同級生で、小学校の時、オレを2年間続いたいじめから救い出してくれた張本人だ。
…そんな茅野は、ヤンキーでも、なんでもなかった。
絵を描くことが好きで、毎日、休み時間になると、自分のカメラで撮った風景を、鉛筆と色鉛筆を器用に細かく使い分けて模写していたり、その繊細さが純粋で、きれいだった。
しかし、そんな繊細さとは真逆の天真爛漫さというか、さっぱりとした一面も持ち合わせているような、不思議な女子だったことも、友達としての茅野の思い出のひとつだ。
席がえをして、席が隣同士になったのをきっかけに、茅野とはよく話すようになったのだが、初めて話したとき、その繊細さと天真爛漫な彼女の性格が、いじめを受けてすさんでいたオレの心に、妙に響いてきたことは、よく覚えている。
そんな関係性が変わっていったのは、小6の時。
小5から始まったいじめも、その頃にはエスカレートしていて、とうとうオレと仲良くしてくれていた友達にも、その被害が及ぶようになっていた。
…もちろん、茅野にも。
その時、教室に忘れ物を取りに帰り、偶然、茅野といじめっ子達の現場を目撃してしまったオレは、どうしていいのか分からなくなったが、意を決して教室に飛び込もうとした。
…その次の瞬間である。
繊細で、いつもニコニコ笑っているような茅野が、聞いたことのないような声で、叫んだ。
「―マコちゃん(オレをいじめていたやつらの主犯格のひとり)に、いつもいじめられてる日高くんの気持ちがわかるの!?…つらいんだよ!?…それでも、きっと、日高くんのことだから『お前まで巻き込んでごめんな』って笑って謝るんだよ、なにも悪くないのに!!そんな優しい人いじめて、何が楽しいの!?」
…たぶん、オレはその時、呆然として、教室に忘れ物を取りに来たという目的を忘れていた。
あれほど、繊細で、きれいで、友達思いの茅野が、ここまで強い口調で友達を非難するなんて、当時のオレは考えたこともなかったのである。
…しかも、オレなんかのために。
(…巻き込んでごめん、茅野…)
オレは泣きそうになるのをグッとこらえた。
数分後、静まり返った教室のドアが開き、主犯格のマコが出てきた。
開けてすぐ、マコが、ドアの影にいたオレに固まったのを見計らって、オレはマコの腹に、軽く拳を当てた。
オレは、マコのニヤリと笑った顔を見て、
「…茅野を巻き込んでんじゃねぇ」
とだけ言って、教室へと入った。
「…いじめられっ子が生意気な口きかないでくれる…?」
マコがニヤリと笑ったまま、背後からそう言った。
…思えば、これがそいつとの、最初で最後の会話だったかもしれない。
オレは、床にべたりと座りこんでいた茅野に、
「…大丈夫か?」
と声をかけた。
どうやら、泣いていたらしく、目が濡れていた。
「…日高…くん…?」
彼女はそう一言発すると、オレに抱きついて、わあわあ泣き始めた。
「お、おい…、よせよ、泣くなってば!」
彼女の温かさ、柔らかさ、透き通るような白い肌。
そのすべてが、ゆったりと、オレの身体に伝わってくる。
たぶん、今、バクバクと高鳴っている心臓の音は、彼女にも伝わってしまっているだろう。
「…ごめんね、つらかったんだよね…!!」
しばらくして、彼女が泣きながら言ったその言葉に、オレは返した。
「…つらかった。つらかったけど…、お前が無理するよりはずっと楽だったよ」
そう言いながら、オレは、オレのなかに、茅野に対しての淡い恋心があることに気づいた。
…そして、それに気づいたら、もう、それを止めることなんて、出来なかった。
「…好きだよ、茅野」
ふと口をついて出た言葉が、告白だった。
「…ご、ごめん、何でこんなこと言ったんだろう」
オレはあわてて、いまだに泣いている彼女に謝ったが、彼女は、より一層、オレを抱きしめる力を強くしただけで、そのあとは、なにも言わなかった。
…そのまま時間が止まったように、オレと茅野は、しばらく、誰もいない教室で抱き合っていた。
オレをいじめていたやつらに対して、茅野が強く出たということは、クラス中に強い衝撃を与えたらしく、その次の日から、オレをいじめていたやつらは、なにもして来なくなった。
…というのが、オレと茅野の、言うなれば、なれそめである。
余談ではあるが、その日の帰り際、彼女から、オレの告白に対して、「…中学生になったら、彼女にしてもらえませんか?」と言われたことをきっかけに、オレたちが付き合いはじめたことを記しておく。
…たぶん、小鳥遊に対して、こんなにオレが一生懸命になっているのは、茅野との話があるからだ。
小鳥遊がかつてのオレで、オレがかつての茅野のポジションにいるわけだから、立場は逆になったが、逆に考えれば、小鳥遊を救うことが、今のオレには出来るのだ。
かつてオレが、茅野にしてもらったように。
オレは、過去を振り返っていた頭を戻して、自分の真正面にいる琴音に、こう言った。
「なぁ、琴音。…オレのエゴなのはわかってる。だけどあいつを救いたいんだ。…ぶっ潰すのを手伝ってくれないか?」
(つづく)
オレは、夕暮れの街を走って、とある喫茶店にたどり着いた。
その人との待ち合わせは、昔から、いつもこの喫茶店の一番隅の窓際のテーブル。
連絡はしてあるが、まだ来てないらしい。
オレはそこに腰を下ろして、コーヒーを頼んだ。
数分後、
「なに、あんたから連絡とってくるなんて珍しいじゃん」
などと、オレと同じ制服姿で、手をひらひらさせてやってきたのは、同学年の、片倉琴音(かたくら・ことね)。
名前と顔とスタイルだけ見てしまえば、かわいいのは間違いないが、これでも、小さい頃から、かなり喧嘩には強く、中学時代は、オレと兄貴、それにコイツの3人が荒くれ者の代表格となるほどだった。
そんな、見るからに危なそうなやつを集めて、オレが何をする気なのか。
オレは、コーヒーを飲みながら、それを琴音にゆっくりと切り出した。
「…なぁ、琴音」
「ん?」
「…もし、下着姿をスマホで撮られたら、どう思う?」
「は!?いきなり何の話!?」
「いいから答えてくれ。頼み事に直結してるんだ」
彼女がうろたえたのも無理はなかったが、まずはこの話を聞いてみたかった。
…小鳥遊が泣くほど辛かったものを、ものをズバズバ言ってしまえる琴音なら、どう思うかを。
「んー…、とりあえず殺したくなるな」
…あ、コイツなら本気で殺りかねないわ。
…でも、好都合だ。
小鳥遊も、少なからずそういう風に思っているのは、これではっきりした。
「でも、それが頼み事に直結してるって、どういうこと?」
「それが―」
そして、オレは、いよいよ核心へと話を進めた。
「―ってわけなんだよ」
「なるほどね。…じゃあ、あんたはその小鳥遊って女の子が受けてるいじめを、どうにかしてあげたいわけだ?」
オレがその言葉にうなずくと、琴音は、あきれたように笑って言った。
「…相変わらず、あんたもお人好しだね。昔、あんたも茅野ちゃんに救われたから?」
「…まあ、これは小鳥遊を救うと同時に、茅野への罪滅ぼしでもあるかもな。…オレのエゴには違いねぇよ」
琴音の問いにそう返して、オレはまたコーヒーを口に入れた。
茅野つばさ。
オレの小中の同級生で、小学校の時、オレを2年間続いたいじめから救い出してくれた張本人だ。
…そんな茅野は、ヤンキーでも、なんでもなかった。
絵を描くことが好きで、毎日、休み時間になると、自分のカメラで撮った風景を、鉛筆と色鉛筆を器用に細かく使い分けて模写していたり、その繊細さが純粋で、きれいだった。
しかし、そんな繊細さとは真逆の天真爛漫さというか、さっぱりとした一面も持ち合わせているような、不思議な女子だったことも、友達としての茅野の思い出のひとつだ。
席がえをして、席が隣同士になったのをきっかけに、茅野とはよく話すようになったのだが、初めて話したとき、その繊細さと天真爛漫な彼女の性格が、いじめを受けてすさんでいたオレの心に、妙に響いてきたことは、よく覚えている。
そんな関係性が変わっていったのは、小6の時。
小5から始まったいじめも、その頃にはエスカレートしていて、とうとうオレと仲良くしてくれていた友達にも、その被害が及ぶようになっていた。
…もちろん、茅野にも。
その時、教室に忘れ物を取りに帰り、偶然、茅野といじめっ子達の現場を目撃してしまったオレは、どうしていいのか分からなくなったが、意を決して教室に飛び込もうとした。
…その次の瞬間である。
繊細で、いつもニコニコ笑っているような茅野が、聞いたことのないような声で、叫んだ。
「―マコちゃん(オレをいじめていたやつらの主犯格のひとり)に、いつもいじめられてる日高くんの気持ちがわかるの!?…つらいんだよ!?…それでも、きっと、日高くんのことだから『お前まで巻き込んでごめんな』って笑って謝るんだよ、なにも悪くないのに!!そんな優しい人いじめて、何が楽しいの!?」
…たぶん、オレはその時、呆然として、教室に忘れ物を取りに来たという目的を忘れていた。
あれほど、繊細で、きれいで、友達思いの茅野が、ここまで強い口調で友達を非難するなんて、当時のオレは考えたこともなかったのである。
…しかも、オレなんかのために。
(…巻き込んでごめん、茅野…)
オレは泣きそうになるのをグッとこらえた。
数分後、静まり返った教室のドアが開き、主犯格のマコが出てきた。
開けてすぐ、マコが、ドアの影にいたオレに固まったのを見計らって、オレはマコの腹に、軽く拳を当てた。
オレは、マコのニヤリと笑った顔を見て、
「…茅野を巻き込んでんじゃねぇ」
とだけ言って、教室へと入った。
「…いじめられっ子が生意気な口きかないでくれる…?」
マコがニヤリと笑ったまま、背後からそう言った。
…思えば、これがそいつとの、最初で最後の会話だったかもしれない。
オレは、床にべたりと座りこんでいた茅野に、
「…大丈夫か?」
と声をかけた。
どうやら、泣いていたらしく、目が濡れていた。
「…日高…くん…?」
彼女はそう一言発すると、オレに抱きついて、わあわあ泣き始めた。
「お、おい…、よせよ、泣くなってば!」
彼女の温かさ、柔らかさ、透き通るような白い肌。
そのすべてが、ゆったりと、オレの身体に伝わってくる。
たぶん、今、バクバクと高鳴っている心臓の音は、彼女にも伝わってしまっているだろう。
「…ごめんね、つらかったんだよね…!!」
しばらくして、彼女が泣きながら言ったその言葉に、オレは返した。
「…つらかった。つらかったけど…、お前が無理するよりはずっと楽だったよ」
そう言いながら、オレは、オレのなかに、茅野に対しての淡い恋心があることに気づいた。
…そして、それに気づいたら、もう、それを止めることなんて、出来なかった。
「…好きだよ、茅野」
ふと口をついて出た言葉が、告白だった。
「…ご、ごめん、何でこんなこと言ったんだろう」
オレはあわてて、いまだに泣いている彼女に謝ったが、彼女は、より一層、オレを抱きしめる力を強くしただけで、そのあとは、なにも言わなかった。
…そのまま時間が止まったように、オレと茅野は、しばらく、誰もいない教室で抱き合っていた。
オレをいじめていたやつらに対して、茅野が強く出たということは、クラス中に強い衝撃を与えたらしく、その次の日から、オレをいじめていたやつらは、なにもして来なくなった。
…というのが、オレと茅野の、言うなれば、なれそめである。
余談ではあるが、その日の帰り際、彼女から、オレの告白に対して、「…中学生になったら、彼女にしてもらえませんか?」と言われたことをきっかけに、オレたちが付き合いはじめたことを記しておく。
…たぶん、小鳥遊に対して、こんなにオレが一生懸命になっているのは、茅野との話があるからだ。
小鳥遊がかつてのオレで、オレがかつての茅野のポジションにいるわけだから、立場は逆になったが、逆に考えれば、小鳥遊を救うことが、今のオレには出来るのだ。
かつてオレが、茅野にしてもらったように。
オレは、過去を振り返っていた頭を戻して、自分の真正面にいる琴音に、こう言った。
「なぁ、琴音。…オレのエゴなのはわかってる。だけどあいつを救いたいんだ。…ぶっ潰すのを手伝ってくれないか?」
(つづく)