#06 Love&Pain-Side:G-

あたしは、颯爽と夕暮れの街に消えてしまった日高くんに会うために、ただ、がむしゃらに夕暮れの街を走っていた。

(早く会いたい…!!)

普段、めったにそんなことを考えなくなっていたあたしは、初めて抱いた恋心というものに、どうやらすごく浮かれているらしい。

走りはじめてから、ずっと日高くんのことを考えていた。


…だけど、いくら日高くんが走っていった方角が分かっていたところで、この広い東京の街のことだ。

(探せっこないか…)

そう思って、辺りを見回すと、いつの間にか大通りに出ていた。

人を探すために走ってきたのに、さらに自分で条件を追加してしまった。
これじゃ、まるで『ウォーリーをさがせ!』みたいだ。

そうして、ため息をついて、ふと、右側に喫茶店を見つけた。

(…あそこにでも入って、少し休もうかな…)

そうして、そこを目指して、走り疲れた足を引きずって歩き出した、その時、あたしの目に、ある光景が飛び込んできた。


その喫茶店の窓際のスペースで、お茶をしている日高くんと、同じ学校の制服を着た、あたしの知らない女の子。

人の交友関係に口をはさむつもりは、さらさらないけど、あたしの知らない日高くんがいるのが、少し嫌だった。

(あの子って―)

さっきまで抱いていた浮かれた気分は、みるみるうちに冷めていく。

(―そっか、日高くん、彼女いたんだ…)

一瞬、そう考えて泣きそうになった。

(あれ?でも…)

カレカノ同士でデートしてるなら、あんなに真剣な顔して話し合うかな?

窓から見えた日高くんと、その子の表情には楽しさはなく、なんだか深刻で、険しかった。

…それは、あたしのなかに、ふと沸いた、嫉妬心かもしれなかったけど、妙に気になったのだ。

(…まさか、別れ話だったりして…)

…あれ?人ってこんなに感情に種類があったっけ?

そのぐらい短時間に、あたしのなかには、いろいろな感情が渦巻いた。

別れ話というもの(これはあくまでもあたしの推測にすぎないけど)を、若干喜んでいる自分もいる。

そう考えてみると、こんなに自分自身の存在を身近に感じたのは、久々だった。


…いつの間にか、あたしは、少し日高くんを困らせてみようと、小悪魔的センスでLINEを開いて、メッセージを打っていた。

好きな人に意地悪するなんて、あたしのなかでは、「らしくないこと」だったけれど、なぜだか、そうしていくことに、ためらいはなかった。

『日高くんと、その彼女さん、みっけ!笑』

メッセージを送ってすぐ、日高くんがそれに気づいて、辺りをキョロキョロしはじめた。

『お店の向かい側!笑』

そうして、手を振ってみる。

それに気づいて、あわてて喫茶店から出てくる日高くんの様子が、少しおかしくて、あたしはクスクスと笑ってしまった。



数分後、あたしは日高くんと再会した。

「お前…、あの公園から走ってここまで…?」

あわてて出てきたせいで、息が切れていた日高くんがそう聞いてきた。

あたしは、それにうなずいたあと、もう一度、日高くんに抱きついた。

「ちょっと、小鳥遊…、ここ、思いっきり大通りなんだけど…」

ちょっと困り顔で笑う日高くんを見て、さらに、あたしは恋心を確信した。

確実に、あたしはこの人に惹かれている。

人通りの多い場所、でも、あたしには日高くんしか見えてない。

(…恋は盲目、か)

昔、どこかで聞いた言葉の意味が、ようやく分かった気がする。


「なぁ、小鳥遊…、そろそろ離れてくれよ…。恥ずかしいんだ」

そう言われても、あたしは離さなかった。

『絶対に無理するからイヤ』

それと一緒に、あたしは、日高くんにそういうメッセージを見せた。

「ハハッ…、どれだけ信用ないんだよ…?」

そう言って笑った日高くんの顔を見てみると、真っ赤だった。

(そんな顔するのやめてよ…、もっと好きになりそうだから…)

なんだか、あたしまで恥ずかしくなってきて、あたしはそっと手を離して、またメッセージを打った。

『あの女の子は、日高くんの彼女?』

それを見た日高くんは、顔が赤いまま、クスッと笑って、

「…オレと一緒にいたやつは、彼女じゃないよ。あいつが、お前を救ってくれるかもしれないんだ」

と言ったあと、ちらっと時計を見て、

「やべ、こんな時間か!悪い、オレ、これから、もう1人会いに行かなきゃならないんだ!」

そう言って、あたしに手を振りながら、日高くんは笑顔で走り去ってしまった。

(…あたしを救ってくれる、か)

日高くんを止めるつもりが、また見送ることしかできなかった。

あたしを救ってくれなくてもいい。
ただ、そばにいてほしい。

そう伝えるだけでよかったのに、やっぱり、言えなかった。

どんどん小さくなっていく日高くんの背中を見つめていくうち、なんとなく、心の距離まで離れていく気がした。

(こんなに好きなのになぁ…)

なんだか、胸が痛かった。


そうして、しばらくそこに立ち尽くしていると、後ろから、とんとん、と、肩を叩かれた。

振り返ると、そこには、さっき日高くんと話していた女の子が笑顔で立っていた。


「小鳥遊さん、だよね?…ちょっとお茶してかない?」

その子が指差した先は、さっきの喫茶店だった。
(つづく)