2.天と地
2048年 地球低軌道上 航宙自衛隊宇宙ステーション
「地球は青かった」
黛涼子は高度400キロメートルの宇宙ステーションで、ユーリイ・ガガーリンが残した不正確な日本語訳の―名言は本当なんだなと実感していた。窓からは、地球のほかにも、ここ5年で建築された構造物の数々が見える。
― すごいところに来てしまったなぁ……
涼子はしみじみとそう思った。MOMがもたらした慣性制御技術のおかげで地球上と変わらない感覚で行動することは可能だが、周りの景色はこれが現実であることを忘れさせるほどに全く違う。
涼子が一般の高校ではなく、航宙自衛隊高等工科学校に進学した理由にも、この宇宙空間の特殊性が大きくかかわっている。
航宙自衛隊高等工科学校は本来、宙曹を―軍隊の背骨と言われる下士官を育てるための組織であり、血筋的にも能力的にもエリートとみなされる涼子のような人間、つまり幹部を―士官を目指す人間が所属するのはお門違いともいえる。高偏差値の一般高校に入り、防衛大学校を経て幹部候補生学校に入って幹部になる。こういった進路があるいは本来の姿かもしれない。
だが、彼女はそれをしなかった。MOMによって150年を一気に飛び越えたといっても過言ではない人類の宇宙技術にふさわしい「未来」の軍隊には、なるだけ早く慣れておきたかったからだ。彼女は成績優秀者の推薦枠を利用して防大に入るつもりでいる。今のところ、それに見合う成績も残していた。
― 小春はどうしてるだろうなぁ。
異世界と言ってしまっていい場所に来てしまうと、どうしても普通の生活が懐かしくなってくる。宇宙だからということももちろんだが、高校生らしからぬ軍隊式の生活を送っていることもある。
― こちらから向こうの生活は推察できても向こう
からは無理だろう。
そういう意地悪なことを、涼子は思った
― 新しい高校で友達はできただろうか。場合に
よっては恋人。
― やりたいことは決まっただろうか。いつか誘ったように、宇宙を目指すだろうか。
頭の中で色々と想像を広げていた涼子は、ふと自嘲的な笑みを浮かべた。
― 寂しがってんじゃん、私。
小春には、家柄と趣味を理由に時代の先端だなんだと言って進路希望を表明し、剰え勧誘までしたというのに、今更普通の女子高生像にどうしようもない憧憬を抱いている―そのことに気づいたのだった。『フルメタル・ジャケット』みたいな生活をしてる自分と、スクール・ガールの生活、たとえば放課後に飲食店やコンビニに行ったり、休日に服飾店や遊園地に行く(ともすれば男と二人で!)―を送っているであろう小春。自分の選択に未練はないものの、「タラれば」は尽きない。涼子は自分のことながら人間の身勝手さに呆れかえるばかりであった。
- ずいぶん遠く離れたものだねぇ。距離も、
生活も。
に含まれている。
彼女は端正な顔立ちを苦笑にゆがめつつ、そうひとりごちた。
黛涼子は実習が終わったら小春に連絡しようと決意し、窓際を離れたのだった。