#09 紅い血に濡れ、曇天に笑う
…なぁ、祐一。
お前が傷つけられたら、兄ちゃんは拳をぶつけにいく。
…だから、お前も、傷つけられたら許せない相手を見つけろ。
こいつのためなら、拳をぶつけに行ってもいいってやつを。
そうしたら…、きっとお前は変われるよ。
…オレが、兄・日高達哉に、小鳥遊の件で相談を持ちかけたのは、今から数日前。
兄貴は、オレの話を聞く前も、聞いたあとも、なにも言わず、オレが部屋を訪れた時と同じように、部屋のベッドに寝転んで、ずっとテレビを見ていた。
これが、いつもの兄貴であることは、弟のオレとして重々承知していることではあるのだが、こっちが真剣な話をしているのに、その態度はどうなのか。
…いつもは腹なんて立たないのだが、その時だけは少し腹が立った。
…しかし、やっぱり兄貴は、ただ黙ってテレビを見ていたわけではなかった。
「…お前…、カツラやめたのか」
唐突に、兄貴はオレに聞いた。
「え…?なに言って…、あ!!」
そういえば、小鳥遊とあの公園にいたときに取ったままだった。
ってことは、つばさにも見られたか…。
オレは、はぁ、と諦めたように、ため息をついた。
すると、兄貴はこう言ったのである。
「…いいんじゃねぇかな、やっとさらけ出せたんだろ?」
そして、兄貴はテレビを消して、ベッドから降りて立ち上がって、続けた。
「…拳をぶつけてもいいやつを見つけたんなら、お前の思う通りにやればいいや。…お前が、その子のために、また血みどろになってそいつと殴り合いたいなら、オレは、かわいい弟と、喜んで血に濡れてやるよ」
そう言って、ニヤリと笑う。
昔から、そうだった。
この人は、ニヤリと笑って、怖いもの知らずみたいな顔して、オレと一緒に血に濡れてくれたんだ。
…その顔は、何ら昔と変わっていない、狂気に満ちたようで、優しい笑顔だった。
そのあと、琴音にLINEで連絡して、兄貴が今回の作戦に参加することを伝えると、琴音は飛びはねるようなスタンプを送ってきた。
そのスタンプを見る限り、喜んだに違いない。
オレが小鳥遊との連絡を絶ってしまった現在、琴音が小鳥遊とのLINEを、あの2人が喫茶店で出会って以来続けてくれていて、小鳥遊の近況を琴音から聞くことが出来ていたのは、この計画を実行する側のオレにとって、救いだった。
…というのも、いじめがどこで行われるとか、そういう情報を、琴音が何気なく彼女から聞いてくれたからである。
…そうして、彼女から得た情報をもとに、ある日の放課後、中学以来の再集結となったヤンキー3人組は、小鳥遊の机に書き置きを残し、中学の時と変わらずに不敵な笑みを浮かべて、小鳥遊を救いに出た。
…校舎の3階、女子トイレ。彼女がいつもいじめを受けている場所。
ここで、小鳥遊をいじめるやつらを叩き潰す。
そういうことになっていた。
ちなみに、琴音が小鳥遊から聞き出してくれた情報によると、女子トイレという場所のわりには、男子もいつものメンバーの中にいるのだそうだ。
だが、さすがに、これから殴る蹴るは当たり前の戦いを始めようとしているヤンキー3人組とはいえ、そこのモラルに関しては常識人であり、いくらなんでも、オレと兄貴が女子トイレに入ることははばかられるので、琴音に先に個室に入ってもらうことにした。
…そして、その先はノープランである。
相手がどう出てくるかもわからない以上、何が起きてもおかしくないのだ。
プランなんて立てて、相手が予測不能な動きをした瞬間に、それが崩れ去ったら意味がない。
まあ、昔から無鉄砲に喧嘩を仕掛けて、幾度となくのびても、懲りずに立ち上がって最終的には勝ってしまうような集団のことだ。
その方が性に合っているのも確かだろう。
そういうわけで、オレと兄貴は、その女子トイレの入口から少し離れた場所に、琴音が比較的人目につきにくい端の個室に入った。
…そうして、しばらく待機していると、見慣れた少女の影。
周りには、いじめを実行すると思われるやつらも付いていて、さながら、そのものものしい雰囲気は百鬼夜行だ。
「来たか…」
そうつぶやいて、オレと兄貴は、さっと、近くの階段脇のデッドスペースに身を隠した。
「あの子がお前らが救いたいやつなのか?」
兄貴がそっと小声でオレに聞く。
「…あぁ、あの先頭の女子だよ」
それに対して、オレも小声で答える。
…会話と会話の間の、微かな沈黙が、鋭利な刃物のような鋭さと、冷たさをもって、この場を支配する。
そんなピリッとした空気感のなか、ふと、サイレントマナーにして、服の胸ポケットに入れておいたスマホが、視界の端で光っているのに気づいた。
(緑色のランプ…、ってことはLINE?)
通知を見てみると、つばさからだ。
(つばさから…?あいつ、どうしたんだろ)
そう思って、LINEを開いてみると、そこにはこう書かれていた。
【…この間、話してた女の子、助けにいってるんだよね。…もう忘れちゃったかもしれないけど、昔はよくこうして祐一が励ましてくれたから、その言葉、送っとくね! 『曇天でも笑ってろ』 がんばって】
「…忘れるわけないじゃんか」
オレは、ふっ、と笑って、スマホの画面を閉じた。
…その言葉は、昔、オレたち兄弟が決めた、喧嘩のときの合言葉みたいなものだった。
曇天のように、どちらに転ぶかわからないような状況のなかでも、自分だけは信じていこう。
そういう意味の、ある種の決意みたいなもの。
…それを、つばさは覚えていたのだった。
やってやるよ、決めたんだから。
曇天でも笑ってやるさ。
すると、突如、少女の悲鳴と、そのあとに響く笑い声。
そして、琴音が「今よ!!」と声を発して、いよいよ戦いは幕を開けた。
(つづく)
…なぁ、祐一。
お前が傷つけられたら、兄ちゃんは拳をぶつけにいく。
…だから、お前も、傷つけられたら許せない相手を見つけろ。
こいつのためなら、拳をぶつけに行ってもいいってやつを。
そうしたら…、きっとお前は変われるよ。
…オレが、兄・日高達哉に、小鳥遊の件で相談を持ちかけたのは、今から数日前。
兄貴は、オレの話を聞く前も、聞いたあとも、なにも言わず、オレが部屋を訪れた時と同じように、部屋のベッドに寝転んで、ずっとテレビを見ていた。
これが、いつもの兄貴であることは、弟のオレとして重々承知していることではあるのだが、こっちが真剣な話をしているのに、その態度はどうなのか。
…いつもは腹なんて立たないのだが、その時だけは少し腹が立った。
…しかし、やっぱり兄貴は、ただ黙ってテレビを見ていたわけではなかった。
「…お前…、カツラやめたのか」
唐突に、兄貴はオレに聞いた。
「え…?なに言って…、あ!!」
そういえば、小鳥遊とあの公園にいたときに取ったままだった。
ってことは、つばさにも見られたか…。
オレは、はぁ、と諦めたように、ため息をついた。
すると、兄貴はこう言ったのである。
「…いいんじゃねぇかな、やっとさらけ出せたんだろ?」
そして、兄貴はテレビを消して、ベッドから降りて立ち上がって、続けた。
「…拳をぶつけてもいいやつを見つけたんなら、お前の思う通りにやればいいや。…お前が、その子のために、また血みどろになってそいつと殴り合いたいなら、オレは、かわいい弟と、喜んで血に濡れてやるよ」
そう言って、ニヤリと笑う。
昔から、そうだった。
この人は、ニヤリと笑って、怖いもの知らずみたいな顔して、オレと一緒に血に濡れてくれたんだ。
…その顔は、何ら昔と変わっていない、狂気に満ちたようで、優しい笑顔だった。
そのあと、琴音にLINEで連絡して、兄貴が今回の作戦に参加することを伝えると、琴音は飛びはねるようなスタンプを送ってきた。
そのスタンプを見る限り、喜んだに違いない。
オレが小鳥遊との連絡を絶ってしまった現在、琴音が小鳥遊とのLINEを、あの2人が喫茶店で出会って以来続けてくれていて、小鳥遊の近況を琴音から聞くことが出来ていたのは、この計画を実行する側のオレにとって、救いだった。
…というのも、いじめがどこで行われるとか、そういう情報を、琴音が何気なく彼女から聞いてくれたからである。
…そうして、彼女から得た情報をもとに、ある日の放課後、中学以来の再集結となったヤンキー3人組は、小鳥遊の机に書き置きを残し、中学の時と変わらずに不敵な笑みを浮かべて、小鳥遊を救いに出た。
…校舎の3階、女子トイレ。彼女がいつもいじめを受けている場所。
ここで、小鳥遊をいじめるやつらを叩き潰す。
そういうことになっていた。
ちなみに、琴音が小鳥遊から聞き出してくれた情報によると、女子トイレという場所のわりには、男子もいつものメンバーの中にいるのだそうだ。
だが、さすがに、これから殴る蹴るは当たり前の戦いを始めようとしているヤンキー3人組とはいえ、そこのモラルに関しては常識人であり、いくらなんでも、オレと兄貴が女子トイレに入ることははばかられるので、琴音に先に個室に入ってもらうことにした。
…そして、その先はノープランである。
相手がどう出てくるかもわからない以上、何が起きてもおかしくないのだ。
プランなんて立てて、相手が予測不能な動きをした瞬間に、それが崩れ去ったら意味がない。
まあ、昔から無鉄砲に喧嘩を仕掛けて、幾度となくのびても、懲りずに立ち上がって最終的には勝ってしまうような集団のことだ。
その方が性に合っているのも確かだろう。
そういうわけで、オレと兄貴は、その女子トイレの入口から少し離れた場所に、琴音が比較的人目につきにくい端の個室に入った。
…そうして、しばらく待機していると、見慣れた少女の影。
周りには、いじめを実行すると思われるやつらも付いていて、さながら、そのものものしい雰囲気は百鬼夜行だ。
「来たか…」
そうつぶやいて、オレと兄貴は、さっと、近くの階段脇のデッドスペースに身を隠した。
「あの子がお前らが救いたいやつなのか?」
兄貴がそっと小声でオレに聞く。
「…あぁ、あの先頭の女子だよ」
それに対して、オレも小声で答える。
…会話と会話の間の、微かな沈黙が、鋭利な刃物のような鋭さと、冷たさをもって、この場を支配する。
そんなピリッとした空気感のなか、ふと、サイレントマナーにして、服の胸ポケットに入れておいたスマホが、視界の端で光っているのに気づいた。
(緑色のランプ…、ってことはLINE?)
通知を見てみると、つばさからだ。
(つばさから…?あいつ、どうしたんだろ)
そう思って、LINEを開いてみると、そこにはこう書かれていた。
【…この間、話してた女の子、助けにいってるんだよね。…もう忘れちゃったかもしれないけど、昔はよくこうして祐一が励ましてくれたから、その言葉、送っとくね! 『曇天でも笑ってろ』 がんばって】
「…忘れるわけないじゃんか」
オレは、ふっ、と笑って、スマホの画面を閉じた。
…その言葉は、昔、オレたち兄弟が決めた、喧嘩のときの合言葉みたいなものだった。
曇天のように、どちらに転ぶかわからないような状況のなかでも、自分だけは信じていこう。
そういう意味の、ある種の決意みたいなもの。
…それを、つばさは覚えていたのだった。
やってやるよ、決めたんだから。
曇天でも笑ってやるさ。
すると、突如、少女の悲鳴と、そのあとに響く笑い声。
そして、琴音が「今よ!!」と声を発して、いよいよ戦いは幕を開けた。
(つづく)