3 ターニング・ポイント

    ―閃光の中で

 

 2048年 東京 九段下駅


 2048年6月半ばのある日、宮野小春は、都営新宿線に乗ろうと九段下駅を級友と―井上彰志と歩いていた。両者とも内心、驚きとも喜びとも戸惑いともいえぬ感情を抱えている。

 

  小春と彰志がこうして帰路を共にする関係となったのは、つい最近のことだ。涼子不在の寂しさを読書で紛らわしていた小春に、クラスではあまり目立たないタイプで本ばかり読んでいる―端的に言えばスクール・カースト最下層の彰志が―この男にはたいへん珍しいことに、声をかけたのが始まりだった。

 

  小春にとって、彰志との交流はまだ人懐っこかった頃 ― 涼子のいた中学生時代を思い出すものであった。


彼女は、無意識的な「男女間友情は成立する」論者だったから、こういった反応は当然と言えた。ただし、男女恋愛に発展する兆し、のようなものはいくらなんでも感じ取っている―小春はもう高校生なのだ。しかし、遠い空の上で、涼子が繰り広げている妄想など知る由もない。

 

  対して彰志は「男女間友情は成立しない」論者だったので、どうやって小春と手を繋ぐか、究極的には、どうやって房事まで持ち込むかに四苦八苦していた。―つまるところ彼は、素直な男なのだ。

 

だが彼は、だからといって強姦まがいな行いはしなかった。確かに彼の性癖には、長らく学校という小さな社会で虐げられてきた者に特有の、サディスティックな閨房哲学があったけれど、彼は犯罪者ではなかったし、フロイト曰く、人間は常時発情している、本能が壊れた動物なのだから、彼が責められるいわれはない。

 

  彼が小春に一緒に帰らないかと声をかけた理由は、単純に可愛かったから。それから、今時珍しく紙の本を読んでいたから。―彼もまた、「本は紙でないと」派だった。クラスに仲間のいない彰志にしてみると、同好の士であるクラスメイトの可愛い女子と、こうしてしゃべりながら帰れる。というこの「状況」に、直接的な行為よりも喜びを感じている部分が少なからずあった。そういう意味では、彼もまた「男女間友情は成立する」論者かもしれない。

 

 結果、最近の読書遍歴について語り合うのが小春と彰志の定番となっていた。しかし、その「熱量」にはいささかの違いがある。

 

  彰志は角川文庫等などで現代日本文学も読むものの、特に愛好しているのはSFを取り扱うオタク気質なレーベルで、現在も紙の本の「聖地」として残存している神田神保町の書店群に足繁く通うのが日課だった。

 

 翻って小春の方は、本屋に通う中でレーベルごとに出版物の傾向があることは知っていたものの、詳しいことは知らなかった。―フランス書院はフランス文学の専門なんだと言ったら信じるだろう。彼女はレーベルにこだわらず、とりあえず本屋に行って散策し、気に入ったものを買う。そういうスタイルだった。紙の本を好むのも、彰志のように「新品の本の匂いが好き」という特殊な理由ではなく、液晶画面で読むと目が疲れるから。という合理的なものだった。

 

「やっぱり僕のような者からするとですね、ハヤカワ文庫や創元SF文庫は素晴らしいんですよ」

 

 彰志は電車に揺られつつ、夢見るような顔で小春にそう言った。―このあたり、女性経験のなさがうかがい知れる。

 

 それを聞いた小春は思う。

 

― ハヤカワ文庫……ああ、りょーちゃんが

    伊藤なんとかって人の、なんだったかなあ、

    本を勧めてきたことがあったなあ。

    創元SF文庫は……あれだ、銀河なんとか。

 

  女子高生にSFを勧めたにもかかわらず、小春に「引かれ」なかったことは彰志にとって幸運だった。かつて彼女の隣にいた少女のおかげである。       

 嬉々として光人社NF文庫を語る女子中学生より、嬉々としてハヤカワ文庫や創元SF文庫を語る男子高校生の方がまともだと判断されたのだ。

 

 ― りょーちゃんにもっとしっかり聞いておけば良かったなあ……

 

  小春は、涼子の話をテキトーに聞いてしまっていた部分があることを後悔した。―「ミリタリー・マニアの閉塞性」と、それに起因する彼女の悪癖に慣れきってしまったことで生じた弊害だった。

 

 ― りょーちゃんが帰ってきたら、一度会いたいな。彰志君のことも話して、本のこともまた聞かなくちゃ……

 

小春はそう思いながら、市ヶ谷駅で彰志と別れたのだった。