平家物語に続いて、平安時代が舞台の小説を選んでみた。浄瑠璃や謡曲で謳われる大江山の「酒呑童子」の物語である。安倍晴明、源高明、源満仲と四天王、坂田金時など、気になる人物も登場する。官軍に平定されてしまった化外の民(差別民)の抵抗、その物語の根っこが乙巳の変にまでさかのぼるという説も面白い。ぶっ飛び過ぎかもしれないが、私は剣奴スパルタクスの反乱や、ローマに征服されたシチリアにおける奴隷の反乱、一向一揆、石山本願寺戦争、島原の乱などを思い浮かべた。

 以下、ネタバレ。

 

 序章: いきなり日蝕の様子[平安時代 975年8月10日の皆既日食のよう]。

 

 第一章 黎明を呼ぶ者: 陰陽師安倍晴明が、愛宕山に棲む盗賊「滝夜叉」の女頭目で愛人の皐月に手紙を書いている。二人の出会いは21年前(948年)にさかのぼる。皐月は平将門の娘だという。左大臣源高明の従者、藤原千春から、童つまり土蜘蛛、鬼、夷と呼ばれる者たちを臣下にする改革、天下和同を上奏する変の動きがあり、源満仲も協力すると聞かされる。

 969年夏に決起。大江山の虎節、葛城山の土蜘蛛国栖、僧の蓮茂らが参戦するも、源満仲の密告と寝返りにより変は失敗する。国栖は碓井貞光に討たれ、虎節は季武に斬られ、皐月は逃れるも渡辺綱に追われる。これは「安和の変」と呼ばれることになる。それから四年後、晴明のもとに皐月が現われ、源満仲が襲撃された。

 975年、安倍晴明は天文博士に任じられていた。夏の日の午前中、太陽が欠けていった。「懼(おそ)れ」を感じた晴明は、大赦を上奏する。

 

 第二章 禍の子: 桜暁丸(おうぎまる)の話。越後蒲原郡の郡司、山家重房の子として、日蝕のあった日に生まれた。母は、小舟で浜に漂着した金髪碧眼の美女であり、彼はその容貌と体格から「鬼若」と陰口をたたかれていた。父は息子の師として蓮茂という老僧を見つけてくる(先の大赦で放免された佐渡の流人である)。

 新しい国守の満仲は強欲で、税を苛酷に取り立て、郡司の父はそれに抗う。不作の年の冬に初雪が降った日、国衙軍の健児たちが郡衙を襲う。率いているのは源満仲である。蓮茂と桜暁丸が応戦する。満仲は蓮茂を土蜘蛛の百足と見定める。山家重房は死を覚悟し、蓮茂は戦いで深手を負い、「神息(しんそく)」という名刀を桜暁丸に授け、比叡山延暦寺に落ち延びろと命ずる。そこに匿われた桜暁丸は、ある晩、源満仲の軍に襲われる。叡山の僧が密告したのであった。

 

 第三章 夜を翔ける雀: 金時の話。彼が京に入って源頼光に仕える武官となり十年が過ぎていた。その夜は、渡辺綱とともに大盗賊袴垂(はかまだれ)を張り込む予定である。京には花天狗という兇賊も現われていた。鼻が高く目の色が花のように色づいており「金を返せ、返さぬとあらば抜け」と言うのだという。現に、花天狗が現われる。金時は足柄山の山尾(山姥と呼ばれた巫女が纏める一族)の出で、得物は(まさかり)である。海鬼(かいらぎ)との戦いの機会に京の武官となった経緯がある。花天狗は桜暁丸であり、金時と戦う。寸でのところを袴垂に助けられる。狩衣姿の袴垂は藤原保輔と名乗る。二人は仲間となり、互いの師について語る。袴垂の師は土佐の夜雀犬神とのこと、ともに弘法大師空海を慕って渡来した者だという。その技を桜暁丸は袴垂より習う。二人はある晩、盗みに入った蔵で少女を救う。殖栗郷から売られてきたという。袴垂はその娘に翡翠を渡して逃した。

 

 第四章 異端の憧憬: 二人は盗みと貧民への分配を続ける。袴垂には藤原保昌という兄がおり、四年前のある晩に襲った貴族がその兄であり、正体がバレたと桜暁丸は聞かされる。袴垂は強欲な貴族藤原景斉を襲うことに決める。助っ人の滝夜叉が現われ、その中に皐月という老婆がいた。彼女は蓮茂のことを知っていた。互いに安和の変を戦った仲間なのであった。景斉は滑石で儲けていた。この盗みから源満仲が賊の逮捕捜索に踏み切る。彼は桜暁丸の父と師匠の仇であった。盗みの幇助をしたという廉で、保輔の父が逮捕される。囮であった。袴垂は父を救うことにし、桜暁丸に陽動作戦の協力を乞う。袴垂は小野篁の生まれ変わりとも言われていた。四天王との凄まじい戦い。刑場の六条河原に兄の保昌が現われ、一族の保全のため、保輔は自害して果てる。桜暁丸は共に囚われていた殖栗郷の少女、穂鳥を連れて逃げる。大和葛城山に至り、土蜘蛛畝火の首領、毱人と出会い、匿われることになる。

 

 第五章 蠢動の季節: 金時は息子の金太郎を連れて、藤原保輔の墓参りに行く。この人の辞世によって救われたのだという。その時以来、渡辺綱は伊賀に行き、犬神の技を学んでいた。源頼光は、時の権力者、藤原道長に仕えていた。朝廷は、摂津竜王山の滝夜叉、大江山の鬼、葛城山の土蜘蛛などの外憂を抱えていた。近年、飢えた村人が挙って姿を消す事件が多発していた。村人は葛城山などへ移住したのである。

 桜暁丸は毱人の補佐役となっていた。かつて朝廷に抵抗した大和の安日彦長髄彦の話。桜暁丸、朝廷軍に対する連携のため、摂津竜王山の滝夜叉を訪ね、皐月の孫、葉月と出会う。大江山をも訪ね、首領の豹弾、虎前と会う。彼らは疑い深い。鬼と呼ばれる彼らは「粛慎(みしはせ)」という大陸からの渡来人の子孫だといい、虎前は鍛冶が好きであった[大江山は鉱物資源が豊富]。彼らは京人に屈することにしたと言い、桜暁丸を騙して京人に差し出そうとするが、朝廷軍は夜雀と犬神を用いて大江山を襲撃しようとしており、虎前は桜暁丸を逃して、大和から援軍を呼んでもらうことに賭ける。桜暁丸は援軍を連れて戻り、朝廷軍を蹴散らす。

 

 第六章 流転: 旱魃などの天変により元号が寛弘となる(1004年)。畝傍山はしばしば朝廷軍に襲撃されるが、反撃を繰り返し、三山同盟は鉄壁であった。そんな時、山を下りていた滝夜叉の一行が逮捕され、処刑されることになるという書状が届く。彼らの救出に向かうという葉月に、祖母の皐月が、いざというときは一条戻橋に頼れと告げる。頼光の四天王が現われ、鍔迫り合いとなるも、皐月が現われて桜暁丸を救う。彼は一条戻橋の安倍晴明の家に匿われ、晴明は葉月の祖父だと皐月に聞かされる。官軍が到り、桜暁丸と葉月を逃した皐月は死を覚悟する。逃れた二人は竜王山を撤退することとし、大和を目指すと、葛城山もやはり陥落したことを知る。数百の敗残兵に数千の官軍、畝傍山も陥落寸前であった。大江山は童の最後の砦、桜暁丸はそれを救うと言い、畝傍山の南を目指す。畝傍山に焔が上がる。敗残した者たちも大江山を目指す。虎前率いる援軍が現われる。出会った葉月に、桜暁丸は自分が酒呑童子と呼ばれていると告げられる。彼は大江山の首領とされ、京人から蔑称で呼ばれる化外の者たちの最前線として戦うことを決意する。

 

 第七章 黒白の神酒: 葛城山を攻めた時、卜部季武はそこにいた民を皆殺しにしろと命じたが、金時はそれに従わずに逃した。碓井貞光は毱人と対峙し、毱人は白村江の戦いに言及する。畝火は、この戦争への参戦派から暗殺された蘇我入鹿の従者の子孫なのであった。毱人が倒されてから六年、官軍は一度も勝たず、反乱は陸奥や薩摩にまで及んだ。金時はその征伐のため各地に駆り出された。頼光の四天王(渡辺綱は引退していた)が酒呑童子について語る。配下には、虎熊童子、金熊童子、星熊童子、茨木童子がいるという。畝火は高句麗由来の馬具を受け継いでいた。東国や陸奥から良い馬を集め、軍備を強化し、二千の兵を擁していた。

 播磨をゆく金時の話。美作路で童の軍が並走していることに気づく。金時を童子たちが囲む。桜暁丸が金時を倒す。三千の兵を率いていた金時が大江山の鬼に倒され、戻ってきた兵は千にも満たない。京には動揺が走った。鬼たちに命を救われた金時の配下は、穂鳥の夫であったことがわかる。

 

 第八章 禱りの詩: 長和元年(1012年)、三条天皇は親政を志し、厭戦の路線をとり、大江山の者たちとの融和策をとろうとし、争乱は下火になっていた。1014年、大江山に綸旨が届く。だが条件の一つとして帝は、童子の上洛を望んでいる。

 帝から、如月七日より国の静謐を祷るという詔が発せられ、九日、千の賊軍が現れる。そして酒呑童子が洛中に出現する。その数は百。悠然と進み・・・内裏に火が上がり、和議の道は閉ざされる。童子たちは引き返す。三条天皇が譲位すると、大江山の童子たちの征伐の機運が高まり、詔が発せられる。

 

 終章 童の神: 京で起きる事件は鬼の仕業とみなされていた。1017年秋、朝廷は七千を超える軍を起こした。戦いは二十日を越した。土蜘蛛の戦い方は忍者のようである。桜暁丸は、渡辺綱と坂田蔵人との戦いで左手の肘から先を失った。冬が来て、多くの者が疫病に倒れる。犬神が水に毒を入れたのである。熱すれば消える毒なので、湯ざましを飲んだ者は救われている。酒呑童子の首を差し出すと降伏すると伝えたが、朝廷からの返事はなく、総攻撃を仕掛けてくる。夜、藤原保昌がやってきて逃げろと言う。桜暁丸は、我が子を孕んだ葉月らを逃し、朝廷軍に挑んでゆく。