この本は、先日、内田洋子さんのエッセイを読んでいたとき、来日した小説家に頼まれて執筆のためにリヴォルノ巡りをしたことを知り、それは誰なのだろうと検索したら、どうやら河野多惠子らしく、件の小説は『後日の話』であるらしいことをつきとめたので読んでみようと思った次第である。

 奇妙な話であった。翻訳ものではなさそうだが、本の末尾に、ブラントームの『ダーム・ギャラント』(鈴木豊訳)のある一頁との出会いから生まれた、とある。ブラントームは16世紀のフランス人作家で、『好色女傑伝』あるいは『艶婦伝』として邦訳が出ている。それを題材にしたのであろう。文中には LIVORNO という都市名は出てこない。周辺のフィレンツェやピサは明記されているのだが。

 主役のエレナは蝋燭屋の美しい娘で、麦わら帽子屋の息子ジャコモに惚れられて結婚する。リヴォルノが麦わら帽子(レグホーン)の名産地であることを知った。婿は嫁が処女であったことを神に感謝し、教会にろうそく百本を奉納する。結婚生活は楽しそうである。ところが、ジャコモはある日、彼の馬の尻尾を切っていたずらをした若者に激昂し、ナイフで刺し殺してしまい、逮捕処刑されることとなる。なお、私は馬の尻尾の仕組みを知らなかったが、長い毛だけではなく、犬の尻尾と同じなのである。尻尾を切られたらお尻の穴がまる見えになるし、馬はさぞや痛かったことだろう!! そして、ジャコモは、斬首刑執行前に面会に訪れた妻エレナの鼻先を噛み切ってしまう!! 寡婦となるエレナに嫉妬したからである。イタリア人は嫉妬深いというが、シチリアではなく、トスカーナでもそんなことがあったとはびっくりだ。

 エレナは実家に戻り、義弟が生活費を届けにくる。彼女の父親は娘の行く末を案じ、何歳まで生きるかユダヤ人の占星術師に占ってもらったりする。彼女は亡き夫の石膏像をつくってもらい、その鼻先を壊す。事件後ずっとショールで鼻を隠していたが、鼻先に化粧を施して出歩くようになる。何年か経ち、数人から求婚され、義弟からも結婚をもちかけられる。だが次第に、自分も斬首刑されることを望むようになり、放火の計画を思い描く。

 私は本筋に集中できず、とかく横道にそれてしまう性向があるのだが、この小説でもいくつかひっかかった部分があった。まず、エレナがマルメロを煮るという部分。マルメロはかりんみたいな果実で、生食はできないが、マーマレードなどをつくることがあるようだ。そして、法螺貝を食べるという場面でも、思わず検索してしまった。動画をupしている人もいる。ワタ部分には毒があるそうだが、硬いアワビのようらしい、エレナの家では貝で出汁をとったら、肉は捨ててしまった。

 そういえば、リヴォルノ名物の魚介のトマト煮込みカチュッコの話は出てこなかった。まだトマトが食用として普及していなかった時の話だからかもしれない。