あきらかに読書力が落ち、1冊読み切れない事が多くなっておりますが、今回は読み切ることができましたので、読書記録残します。
ハン・ガン(韓江)の小説『少年が来る』は、1980年に起きた「光州事件」を題材に、国家暴力と人間尊厳を描いた歴史小説・文学作品です。
主人公の中学生・トンホは、光州事件のさなか、亡くなった友人を探すために合同慰霊所となった市民会館へ向かい、遺体の管理や身元確認を手伝うようになります。しかし、軍による激しい鎮圧の中で、彼自身も命を落としてしまいます。
物語はトンホの死を中心に、事件で生き残った者、拷問を受けた者、遺族など、異なる立場の人々の視点(章ごとに語り手が変化)で展開します。事件当時だけでなく、その後何十年にもわたってトラウマや罪悪感に苦しみ続ける人々の姿を描き出し、「国家暴力の残忍さ」と「それでも失われない人間の尊厳」を鮮烈に問いかけています。
(ここはAIにまとめてもらいました)
1980年と言えば、私は大学生になったばかり。
学生運動で荒れた時代ではありませんでしたが、まだ燃え残りのようなものが少し感じられるキャンパスでした。
私は1972年のあさま山荘事件の生中継を見た世代とはいえ、当時は連合赤軍と学生運動をほぼ同じものとみていた子供で、心に残ったのは政治や社会運動に対する「拒否感」でした。
だからというわけではありませんが、典型的な”ノンポリ”で、国際社会に殆ど関心もなく、光州事件については正直、数年前まで知りませんでした。
「タクシードライバー」という光州事件を題材にした有名な映画は見たことはあるのですが、背景も何も知らずに見たので、全然わかっていませんでした。
今も詳しく理解できているわけではありませんが、本作品を読み終えて、こんなことが、あの時代にお隣の国で起こっていたとは……と絶句しております。
この作品に登場する人たちは、当時自主的にデモに参加した若者だったとはいえ、活動家というわけではありません。
その場の空気や「民主化」という理想に対する義務感のようなものに動かされて参加した、ごく普通の高校生や中学生たちです。
政府の制圧軍から残酷な扱いを受け、多くの仲間が亡くなる中で生き残り、その経験がトラウマとなり、自身の「生」に罪悪感を抱えてひっそりと生き続けてきた人たちでした。
また、作品には登場しませんが、市民に銃を向け、非人道的な扱いをした軍人たちについても考えさせられます。
人はどんな時に、どんな条件でこれほどまでに残酷になれるものなのか。
「軍」という組織が作り出す空気や、目の前の状況に呑まれ、自分が犯してしまったことに今も苦しんでいる人が多いのではないでしょうか。
逃げても地獄、残っても地獄・・・。
もし自分がその場にいたら……市民だったら、あるいは軍人だったら……と考えると、本当に恐ろしくなります。
今もあちこちで戦争があり、どちらの側にも生き残った人たちの地獄は生み出され続けている。
ところで、著者ハン・ガン氏の『すべての白いものたち』を昨年読んだのですが、正直なところ全く分かりませんでした。
あの作品は『少年が来る』の執筆を終えた後に書かれた作品だと知り、そういう世界観にならざるを得なかった著者の心境の一端を、今回この作品を読んで少し理解できた気もします。
また、いろいろ韓国の小説も読んでみたいと思っています。