『明日、ママがいない』をこう見立てた | Happy-Gate

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半径5mのライフログです。

過激な演出のせいで、チンピラみたいな言いがかりをつけられて話題となったドラマ『明日、ママがいない』。

確かに児童養護施設を運営している人からすれば、過激な演出はびくびくしちゃうだろう。
だが、ちゃんとドラマを見れば分かるが、ドラマで描かれる児童養護施設は限りなく子供たちの味方であり、その施設の外の人間は悪意の塊として描かれているのだ。
抗議をした人たちは「事実と違う」と抗議したわけだが、つまり、ドラマと違って現実の児童養護施設は子供たちに虐待を加えていると言う事なのだろうか?

まぁ、そんな皮肉はどうでもいい。

ドラマは事実をもとにリアルに描かれる事もあるが、そうではなく登場人物や設定を比喩的に表現することもある。
その多くは、だいたい時代劇や特撮ファンタジーといったジャンルだ。
時代劇では会社を大名家に見立て、サラリーマンの悲哀や組織人としての立ち振る舞い、プロジェクトの成功を描いたりする。

同じように現代劇だって、警察を舞台にしているからといって、警察ドラマかといえば違うことだってある。
名作刑事ドラマ『太陽にほえろ』は、失われていく父権を描いたファミリードラマであると見立てられる。

さて、『明日、ママがいない』をぼくはこんな風に見立ててみた。
ずばり子役の世界のお話ではないか?

舞台となる養護施設は、児童劇団や子役専門の事務所。
そこに親の都合で集った子供たち。

泣け、笑えと子供の人権を踏みにじるかの様な所長の三上博史は、児童劇団のレッスンの先生。でも、子役の成功を望んでいたりして、実は子供たちの味方。

芦田愛菜は天才子役として名前を轟かせている訳だが、劇中でも子供たちのあこがれの中心として描かれている。

オツボネ役の大後寿々花はかつての天才子役だが、里親にもらわれない焦りがあるという役柄は、子役から女優への転換のあせりを演じている様に見える。

芦田愛菜に憧れて子役になった鈴木梨央は、劇中、ポストに諭されてドンキとなる決意をするエピソードと重なる。

学校では浮いた存在であろう養護施設の子供たちと、一般の子供たちとの関わり方は、そのまま子役たちの日常ではないだろうか?
さすがに見下される事はないだろうが、他の子供たちとは違う観られ方をされるであろう。

里親は映画やドラマの制作者。ちょっと問題が多い里親候補というのは、制作者たちが作品のためならと、無茶な事をしたがるところに見える。
そんな無茶な現場に子役たちは、お仕事として派遣されるわけだ。

妙に大人びた子供たちが、大人と対等にやり合うところなんかは、まさに子役そのものだ。
こうやって子役界のドラマなのだと、ぼくは見立てていた。
子役ブームの裏にある悲喜こもごも。親のエゴで子役をやらされる子供は幸せなのか?つまり子役ブームへの警鐘なのではないか?

と、こういう見立てを3話まで観ていたけど、4話目以降脱落しちゃったんで、その後はどんなストーリーになってる分からないから、この見立てはおかしくなってるかも知れない。

今期、いまだに脱落してないのは『私が嫌いな探偵』と『緊急取調室』だけなので。

ドラマをドラマとして観る事のできないバカがいる事に、日本人の劣化を感じる今日この頃です。